日本は世界の反面教師。必要なのは「日本化」のイメチェン!

2021年9月20日(月)

 フィナよ~。

 

 東京オリンピックパラリンピックが終わったわ。新型コロナウイルス感染症の拡大というハンデがあったけど、アスリートも大会関係者もよく頑張ったと思うの。でも、一方で思うの、二度と日本で開催なんて無いわよねって・・・。 

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KYODOTUUSHIN

 新型コロナウイルス感染症で見られた日本が抱える本質的な問題は、東京オリンピックパラリンピックでも見られたわ。こうした事態を見るにつけて、世界で揶揄的に使われている「日本化」という言葉を思い出すわ。

 「日本化」とは、経済の活力が無くなり、稚拙な対応で財政が悪化し、金融を緩和しても景気は浮揚せず、ゼロ近傍の金利が続くこと。銀行は利ザヤが圧迫されて体力を消耗し、金融危機の影がちらつくし、ゾンビ企業が生きながらえて、新たな成長の芽を出にくくするの。つまり、「失われた30年」の姿を言うのね。特に、巨額の財政赤字を抱え、にっちもさっちもいかなくなった状態を指すわ。日本を反面教師とする言葉なの。(太田康夫「日本化におびえる世界」日本経済新聞出版)

 そして、新型コロナウイルス感染症の拡大は、あっという間に欧米を「日本化」の状況に追い込んだわ。公的債務をGDP比で見ると、米国の2020年の予測は108%だったのが実際は131%に、2050年には246%に拡大するリスクもあるみたい。今の日本を超えちゃうわね。欧州のほうは財政協定により、GDP比6割以内という制限をかけているけれど、さしものドイツも70%台半ばになる見込みよ。そして、世界全体では98.7%と史上最も高い比率になっているの。

 新興国も例外じゃないわ。中国は日本の失敗を研究し、その轍を踏まないようにしてきたけれど、ここへきて設備、負債が過剰になり、デジタル化が進めば雇用も過剰になるおそれがあるわ。こうしてみると、「世界経済の日本化」が起きると言えそうね

 

 でも、基礎体力がある欧米にとっては、新型コロナウイルス感染症はまだ「外患」でしかないの。だから、各国の中央銀行が低金利量的緩和による資金供給を続けることによって株価を力強く押し上げることができたわ。ちょうどタイミング良く「グリーン・ニューディール」の波に乗ることもできたし。

 日本はそうはいかなかった。当初こそ、思い切った財政出動を行い、雇用調整金等によって経済環境の安定化を図ることができたけれど、ちょっと感染が落ち着いたと思ったら、たちまち「目先の経済対策」が優先されたわ。「Go To トラベル」が代表格ね。そうこうするうちに、財政均衡主義が本性を現し、酒類を提供する飲食店は金融機関を通じて圧力をかけられそうになったわ。飲食店やカラオケ店も見捨てられがち。そして、高齢化は高齢者優先の政治を生むわ。ようやく若者向けのワクチン接種センターが稼働したわね。これらも「日本化」の特徴と言えそう。

 オリンピックについても、そもそも日本が開催地として手を挙げる必要があったのかしら。1964年の東京オリンピックは戦後の復活を国内外にアピールできたし、国内インフラ整備に一役買った点は評価できるわ。でも、今回の意味は何なのかしら? 

 日本はもはや先進国ではないわ。賃金も物価も上がらない国なの。その結果、海外と比べるとモノやサービスの価格差が生じているわ。日本は「割安国」なの。こんな国は魅力的に映らないでしょうね。大阪の合宿地から姿を消したウガンダの重量挙げ選手が「日本で仕事したい」とメモを残したことを挙げて「やっぱり日本は羨ましがられる国なんだ」と勘違いしていると、過去の栄光からますます抜けられなくなるわ(中藤玲「安いニッポン」日経プレミアシリーズ)。東京都による招致の狙いも、都市博が中止となったため塩漬け状態になった臨海副都心の地価を、五輪会場とすることで上げようとしたみたい(吉見俊哉「東京復興ならず」中公新書)。開会式の演出を巡るドタバタ劇にしても、沈みゆく日本にあって残る利権を貪ろうとしているようにしか見えないわ。これも「日本化」の一端なのかしら。 

 

 総括すると、30年近く少子高齢化、所得の減少、財政悪化への取組みに失敗してきた日本の縮図が新型コロナウイルス感染症東京オリンピックパラリンピックで浮き彫りになったわ。残された道は、赤字を減らす厳格な債務管理ね。バラマキなんてもってのほかよ。そして、既得権益をものともせず構造改革を進めること。短期的には失業や経営破綻の増加という形で経済コストが発生するリスクを覚悟しなくてはならない。でも、そうしないと崩壊へのカウントダウンは止められない。自民党総裁選が始まったけど、目先のパフォーマンスに振り回されず、財政再建を強く掲げる政権運営を誓ってほしいわ。「日本化」とは「大逆転」を意味するというイメージチェンジを果たすのよ!

 

「共感(エンパシー)」に潜む「闇」。照らす方法はあるのか?

2021年9月13日(月)

 ソシエッタです。

 

 東京パラリンピックが終わりました。障害を持つ選手への「共感」を感じた大会でした。一例を挙げるとブライドマラソン、伴走者はペースを保って走りながら、ランナーに指示を出していました。心からすごいと感動しました。 

 「共感」にはいろいろありますが、「エンパシー」というのがあります。ライター・コラムニストのブレイディみかこ氏の近著『他者の靴を履く』(文藝春秋)で紹介されている、他者の感情や経験などを理解する能力です。いったん自分の靴(殻)を脱ぎ棄て、フラットな気持ちで他者の靴を履き、その着心地などを感じながら歩いてみることです。

 

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 新型コロナウイルス感染症の拡大は、人々の心に分断を生みました。差別的言動によって傷ついた方もいるでしょう。マスクを着用していない人に、「マスクしろよ!」と
攻撃する「マスク警察」も登場しました。こうした行為の背景に「エンパシー」の欠如があります。経済至上主義の社会では、数字による管理が行われるんだ、倫理や感情なんかで回ったりしていないんだと気づかされます。「エンパシー」は脇に追いやられます。そして、人は政権に従順になり、その決定に抗う人々こそが他者への思いやりのない邪悪な人に思え、攻撃の対象となるのです。

 毎日、新規感染者数の報道があり、夜の街で仲間たちとお酒を飲んでいる若者たちの映像が流されると、「こっちは我慢しているのに、何やってるの!」と怒りすら覚えるかもしれません。でも、忘れてはいけません。そうした人たちの中にも、「自分の命が一番大切」という気持ちが先に立って、マスクやトイレットペーパー、食材の買い占めに走った人もいたはずです。

 「エンパシー」と似た言葉に「利他主義」があります。これは、フランスのオーギュスト・コントが19世紀半ばに提唱したもので、経済学者のジャック・アタリ氏によると、他者に利することが、結果として自分に利する「合理主義」だそうです。(伊藤亜紗ら「『利他』とは何か」集英社新書

 マスクが無くなり、感染が広がることになれば、巡り巡って自分が困ることになりかねません。トイレットペーパーが無くなれば、他人はみなライバルという競争心が働いて、次の危機時にはよりパニック買いが進むことでしょう。感情に支配される社会は「安心」とは程遠いのです。

 

 加えて日本には、ムラ社会的な「空気を読め」という感覚があります。評論家の山本七平は、「空気による破滅」を予感していました。空気による支配が横行する社会におおいて、「科学的」という言葉が絶対化し、誤用・悪用されることを恐れたのです。(鈴木博毅「『超』入門 空気の研究」ダイヤモンド社

 新型コロナウイルス感染症の脅威に対し、ワクチン接種や治療法が導入されていない状況下ではソーシャル・ディスタンスなどの行動制限が有効とされました。そして、行動制限が効果を発揮すると、いつの間にか「絶対化」され、「当たり前」の状態を生み出します。「エンパシー」の居場所はとうにありません。そして、この依存状態が、ワクチン対策など根本対策の遅れにつながった可能性があります。

 

 「エンパシー」を取り戻さなくてはなりません。しかし、「エンパシー」には負の面がありますアメリカの心理学者ポール・ブルーム氏によると、感情的に他者に入り込むと状況判断が理性的にできなくなるらしいです。

 6月、友人の浮気相談を受けていた女性が、彼女の交際相手である男性と話し合ううちに口論となって彼を包丁で刺し、ベランダまで追い詰めたという事件が発生しました。やり過ぎと感じた方も多いでしょう。共感力が極めて高い人は、周囲の人々の感情や考えを察知する能力が高く、他者の痛みのために自分を犠牲にすることもあります。こうした人は、他者に目が行きがちになり、自分自身の健康管理ができなくなることもあります。また、遠くにいる人のことなど、その存在が意識されていない問題にはアプローチできません。環境破壊、感染症、先進国・途上国間の格差、人種や宗教をめぐる分断といった地球規模の問題には不向きなのです。

 さらに、人気取り主義の政治では「エンパシー」が最大限に利用されます。トランプ前大統領は、「エンパシー」を集めるのがうまく、その結果、社会の分断を炙り出してしまいました。

 

 こうした「エンパシー」の負の面も知った上で「寛容」の心を持つことが大切です。「寛容」ですから、「不寛容」に対しても不寛容になってはいけません。秩序を乱そうとする人は、実はシステム・エラーの犠牲になっている可能性があります。酒場で盛り上がる若者も内心では苦しんでいて、不安や不満をため込んでいるのではないでしょうか。彼らの声に耳を傾けるべきです。分断を埋めるには、誰もが悩みや苦しみを持っているはずだという「空気」を作ることが大切です。

 

大惨事を防ぐための「砂」のトリセツ!

2021年9月6日(月)

 エンヴィです。

 

 菅総理大臣が退陣を表明しました。総裁選や総選挙のカードをちらつかせながらのあっという間の崩落でした。振り返れば、コロナ禍の厳しい局面で、そもそも短命に終わるとは予想されていました。「砂上の楼閣」だったのかもしれません。

 6月24日に発生したアメリカ・フロリダ州のマンション崩落は、「砂」そのものが問題だった可能性があります。死者数は98名に上りました。事故の原因は分かっていません。手抜き工事や地盤沈下の可能性が指摘されていますが、コンクリートにひびが入るなどして建物が老朽化していた可能性もあります。

 コンクリートには非常に細かい穴があります。ここから水が浸み込んでひびが入ったり、大気中の塩分によって内部の鉄筋が腐食したりするリスクがあります。これから数十年のうちに、全世界で粗雑なコンクリート1000億トンを交換する必要があるとされています。怖いのはコンクリートの素となる「砂」が世の中から無くなることです。そうすると、質の低い砂が出回るようになり、将来の大惨事につながるおそれがあります

 

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 空気と水を別にすれば、「砂」は人類が最も利用している天然資源です。消費量は年間約500億トンと推定されており、この20年間で5倍に増えました。その7割が建設用コンクリートに混ぜる骨材として使われています。アスファルトやガラスにも使われています。大量消費の象徴として、経済成長に伴う中国やアジア諸国における建築ラッシュ、828mの高さを誇る「ブルジュ・ハリファ・タワー」をはじめとするドバイの人工空間が挙げられます。東京でもオリンピック関連施設やタワーマンションの建設が続きました。

 コンクリートだけではありません。人類は1985年以降、1万3566平方キロメートルの人工地を世界中の沿岸に追加しています。その大部分が「砂」です。シンガポールは独立以来、砂を大量に輸入して国土面積を25%拡張しました。中国は南沙諸島西沙諸島を砂で埋めて新たな領土を造成しています。日本でも東京湾臨海部や関西国際空港等が挙げられます。

 

 今や、砂の市場規模は世界で約700億ドル。国際貿易は毎年5.5%の勢いで成長しています。日本はピーク時の3分の1とはいえ、2019年には125万トンの砂を輸入しています。輸入先はオーストラリアが75%です。和歌山県白浜の白砂もオーストラリア産です。気になるのは、取引の総額が急上昇していることです。世界中で砂を取り合うと、国家経済に打撃を与える可能性があります。 

 砂なんて砂漠にたくさんあるじゃないかと思うかもしれません。ところが、砂漠の砂は細かすぎる上、角が無いため砂同士が絡み合うことができず、コンクリートの骨材には向かないのです。シェールオイルの採掘に使用される「フラックサンド」の粒は、これとも違っていて、非常に大きな圧力に耐え、かつ、すき間に入るだけの小ささと丸みが求められます。一口に「砂」といっても一様ではないのです。

(ヴィンス・バイザー「砂と人類」草思社

 

 このように、砂は重要な資源なのですが、合法的に取引されているのは150億トンに過ぎず、闇市場では年間1000億ドルが動いているとされています。しかも、砂を違法に採掘・売買する国は70か国に上り、「砂マフィア」も暗躍しています。(石弘之「砂戦争」角川新書)

 国際的な取り決めが必要です。特に採掘は規制されるべきです。自然環境破壊の側面があるからです。例えば、世界中で砂浜が無くなりつつあります。波によって浸食される上、大規模な沿岸開発や河川ダムの建設によって、海や川の上流から砂が補給されなくなっているからです。砂浜は、嵐や海面上昇から人々の命や財産を守る防波堤ともなります。このため、砂浜を復活させる「養浜プロジェクト」が進められています。日本でも、昨年7月から千葉の九十九里浜で海岸幅40メートルを維持していくための事業が始まりました。30年間に及ぶ壮大なプロジェクトです。(Wedge July 2021)

 

 「砂」の適正使用は待ったなしです。2002年に建設リサイクル法が施行されました。これは、解体、新増築、修理等に伴って発生するコンクリート等の再資源化を義務づけたものです。同法によって、コンクリート廃材の資源化率は65%から99.3%に上昇しました。

 今後はさらに一歩踏み込んで、砂の新規使用を減らすべきです。新築に使用する材料に占める廃材の割合を増やすのです。このため、既存のインフラに使用されている砂に関するビッグデータを構築します。この時、築年数と劣化状況のデータも集めます。そして、これらの砂を再利用する際には、それぞれの質に応じて適切な場面で使用するようマッチングを行うのです。こうした緻密な努力が、「堅固な楼閣」を提供することにつながるのです。

 

暗闇の森に迷い込んだ日本の林業

2021年8月30日(月)

 フーディンだよ。

 

 東京オリンピックパラリンピックの報道のせいで影が薄くなったけど、今年も熱海とかで豪雨災害が発生したな~。こんな時に思うんだよな~。地球温暖化の影響もあるんだろうけど、森林伐採による保水力の低下が関係してんじゃないかって。

 2018年度に林野庁が「主伐補助金」っていう補助金を設けたんだけど、これは育った木を全て伐採する「皆伐」を促してるんだな~。せっかく作ってきた「森づくり」をリセットするってことだよ。土壌流出や山崩れを起きやすくしてしまうよ。この国の林業の行く末が見えにくくなっているんだな~。(田中淳夫「絶望の林業」新泉社)

 

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 実は林業は大きな節目を迎えているんだな~。戦後に植林された人工林が50年以上を経過し、その約7割が木材資源として利用可能な状態になっているんだ。そのおかげで、木材自給率は2002年に18.8%にまで落ち込んでいたのが2019年に37.8%と4割近くにまで上昇しているよ。丸太で出荷されるほか、合板材料やバイオマス発電の燃料として大量に使われている。海外輸出も急増中だよ。でも、疑問に思わない?そんなに木を切って大丈夫なのかって。 

 林業が難しいのは、50年以上の長いスパンで、広い視野でもって戦略的に進めていかなくちゃならないってことなんだな~。日本は国土面積の約7割を森林が占める、世界でフィンランドに次いで高い「森林率」を誇る森林王国。しかも、1000種を超える樹木が育つ豊富さを持つよ。でも、人口も多いから、1人当たりの森林面積は約0.2haと世界平均の約0.6haの1/3でしかないんだ。だから、一人が受け取ることのできる森林の恵みはそれほど多くないってことなんだな~。(関岡東生「図解 知識ゼロからの林業入門」家の光協会

 そして、農業と違って、「おじいさんが植えた木を孫が伐る」というほどの時間の長さを考えなくちゃならない世界なんだ。売れるからといってどんどん伐採したら、その分だけちゃんと植林をしないとあっという間に枯渇してしまうよ~。

 

 根本的な点に目を向けると、国の政策の疑問に突き当たるんだな~。木材輸出額は2012年で93億円だったのが、2017年で326億円とわずか5年で3.5倍も増えている。「林業の成長産業化」と持ち上げる気持ちも分からなくはないんだけど、ところが、業界に入る資金は国や自治体の補助金が多いからトータルで見たら赤字なんだな~。そして、補助金のおかげで伐採が進み、輸出とかに向けられているんだけど、輸出の大半を占める丸太は値崩れを起こしているから、金額でみる以上に大量の丸太がどんどん海外に出ていっているんだな~。主な輸出先は中国、フィリピン、韓国だよ。

 しかも、奇妙なのは輸出だけでなく輸入もしていて、さっき言った約4割という「自給率」が示すように、輸入のほうが多いくらいなんだな~。主に米材やヨーロッパ材なんだけど、どうしてだと思う?それは、外材のほうが質が良いからなんだな~。ここが日本の弱点なんだ。丸太の金額は、例えばスギ材だと1本4000円強程度で、「ユ〇ク〇」のシャツでいうと2枚分でしかないよ。半世紀も手間をかけてこの値段と聞くとガクッとくるよね。この状態から流通や製材・加工の過程でコストがかかり、価格が上がっていくんだ。でも、日本の製材工場の生産性は高くないから、角材や板材になった時点で外材と比べて高くなっちゃうんだな~。

 原因の一つは、温暖湿潤な日本の気候だよ。木材はしっかり乾燥させないと出荷後に曲がったり縮んだりするんだ。日本の木材は含水率が200%もあって、少なくとも20%以下にまで頑張って乾燥させなくちゃならない。一方、外材はしっかり乾燥されて輸入されるから使いやすいんだよね~。また、見た目は国産材のほうが良かったとしても、最近の住宅はツー・バイ・フォー方式で建てられていて、柱は不要で壁にはクロスが張られるから、見栄えなんて関係なくなるんだな~。 

 住宅もこれから人口減少の影響を受けて、需要は減るはずだよ。そうなると、宅地造成を進めながら一戸建てを推奨することで木材需要を掘り起こすことが想定されるね。これも補助金がなせる業なんだ。そして、木材の価格は低く抑えられているままだから、量で稼ぐって話にしかならないよ。ついでに言うと、2024年度からは1人1000円の「森林環境税」という形で、おいらたちの負担に跳ね返ってくるんだな~。(白井裕子「森林で日本は蘇る」新潮新書

 

 林業のように、自然という計算できないものを相手にする場合は、経済理論だけでは語れないね。今一度、「量で稼ぐ」林業から「適切に管理する」林業に基本戦略の見直しを行って、不要な補助金は「伐採」して、必要最小限のコストを国民に負担してもらうという「植林」を行うべきなんだな~。

 

「能力主義」の逆襲!真の平等は訪れるのか?

2021年8月23日(月)

 エディカです。

 

 子どもの新型コロナウイルス感染が増えているわ。政府は夏休み明けに向けてオンライン授業や抗原検査キットの活用など対策をとるみたい。

 受験生にとっても気が気じゃないわ。2か月前に終わった日曜劇場ドラマ「ドラゴン桜」では、学歴の最高峰である東大を目指すという分かりやすい設定が刺激的だったわ。目的をもって頑張ること自体は悪くないけど、怖いのは、知らず知らず「能力主義」が世の中にはびこっていることよ

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日曜劇場『ドラゴン桜

 「能力主義メリトクラシー)」は、イギリスの社会学マイケル・ヤングの造語で、その著書で、個人の「能力」によって地位が決まり、エリートが支配する社会の到来を予言したわ。最後は大衆がエリートを覆すんだけど・・・。

 「能力主義」の世界では、勝者は自らの才能と努力によって成功を勝ちとったと信じる「宿命」にあるわ。「認知バイアス」によって後付けで解釈されるの。でも、本当は、成功も失敗も偶然が大きく関与しているのよ

 こうした社会は分断を生むわ。ちょっとした言い回しの中で、自分より「能力」が低いとされた人を見下し、尊厳を蝕む状況が作り出されてしまう。「努力が足りない」「真面目に勉強してこなかったから」みたいに・・・。そうやって自己責任を問う社会は、他人を責めることで自分の責任をゼロにしようとさえするわ。(西きょうじ「さよなら自己責任」新潮新書

 こうした抑圧の果てに起こったのが、トランプ大統領の当選、イングランドEU離脱、フランスの「黄色いベスト運動」よ。これらには固有の要因があるように見えるけれど根っこは一緒よ。富裕層に搾取されてきた労働者による「一大蜂起」なの。日本だって例外じゃないわ。これから、氷河期世代を中心に追い込まれた人々による反動や犯罪が増えやしないか心配だわ。

 

 問題をややこしくしているのは「能力」の曖昧さよ。「能力って何?」って訊かれてすぐに答えられる?思いつくのは、テストでの成績や学歴よね。でも、「世の中で求められている能力」となると抽象度の高いものが話題になりがち。「コミュニケーション能力」とか「協調性」とか・・・。でも、こうした能力の正確な測定は不可能だから、結局採用されるのは「暫定的な物差し」。テストの成績や学歴などよ。

 だから、能力、能力と声高に言えば言うほど批判の的になるの。しかも、情報ネットワークが拡大して外の世界を知ると、身近な社会で培われた価値観が揺さぶられるわ。「勉強ができることが本当に良いことなのかしら」って。(中村高康「暴走する能力主義ちくま新書

 

 残念なのは、90年代以降、市場主導のグローバリゼーションが受け入れられる一方で、拡大する不平等への取組が十分になされなかったことよ。代わりに、「機会の平等」への期待が高まったわ。そのことが「能力主義」を補強することになるとも知らずに・・・。「大学進学」が典型ね。

 アメリカでは世襲エリートを能力主義エリートに置き換えようと、奨学金に大学進学適性試験(SAT)が導入されたの。学問による「下剋上システム」を目指したのね。ところが、1800の大学を対象にした調査によると、所得規模を下位1/5から上位1/5まで上げることのできた学生はたった2%未満だったの。大学を卒業しても社会的上昇にほとんど影響を与えないの。

 ちょっと考えれば分かることだけど、試験勉強だって結局は経済的に恵まれている人に有利よ。すでに不平等なの。そして、ここでも「自己責任」が顔を覗かせるわ。「学業成績が悪いのはあなたの努力不足でしょう」って・・・。そして、私たちは、自分より恵まれない人の運命を気にかけなくなってしまう。それどころか、高学歴でない人に対する評価を損ねる社会を作ってしまう。そう、「能力主義」は共感性を失わせるの。(マイケル・サンデル「実力も運のうち」早川書房

 

 かと言って、平等を目指したところで、結局は「能力主義」にからめとられるわ。例えば経済格差を税金で補填しようとした場合、どこまでが自身の功績によるものか、どこからが幸運によるものか、厳格な評価が求められるでしょうね。そして、こうした試みは、その人の「能力」を評価することを要求するし、税金で経済補填される人を蔑むきっかけにもなりかねない。先日も人気ユーチューバーによる生活保護者への差別発言が問題になったわね。

 

 今、必要なのは道徳的視点よ。「能力主義」は「暫定的な物差し」しか持てず、学歴などもその延長線でしかないと捉えること、そして、社会の頂点に立った者が、その成功は偶然に過ぎず、他人を思いやる気持ちが大切だと知ることよ。慈善活動が再興していくことが切望されるわ(金澤周作「チャリティの帝国」岩波新書)。こうした視点を教えるのが、「機会の平等」を目指す教育の真のミッションよ。

 

進化系テレワークの極み、「人材革命」!

2021年8月16日(月)

 レーブだ。

 

 記録的な大雨が続いている。全国的に災害の危険性が高まっている。注意しなくてはならない。

 こんな時、テレワークは助かる。新型コロナウイルス感染症の拡大によって、これまで遅々として進まなかった我が国のテレワークが広まった。今後、テレワークが技術的進化を遂げれば、必ずパラダイムシフトが起きる。しかし、それは、「働き方改革」という生易しいものではない

 

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 テレワークには、①自宅利用型、②モバイルワーク、③施設利用型(サテライトオフィス等の活用)の3類型が存在する。これに、「ワ―ケーション」を加える場合もある。インターネット接続大手のビッグローブは、全国屈指の温泉地、別府市に「ワ―ケーションスペース」を開設した。

 テレワークはメリットが大きい。まず何と言っても、通勤しなくてよい。満員電車や交通渋滞は苦行でしかない。さらに、人流は感染リスクを伴う。これらのストレスからの解放は大きい。

 人材も多様化も期待される。コミュニケーションに悩む発達障害の人にとって選択肢が増える。就労可能年齢を引き上げることもできる。妊娠後期、病気や怪我、障害などのハンディがあっても「退場」しなくてよい。育児・介護との両立もしやすくなる。

 そして、「職場」という呪縛から解き放たれる。ハラスメントを受ける機会も減る。仕事を行う環境を自分好みにアレンジできる。街中ではコワーキングスペースも増えてきた。住む場所の制約も受けなくなるだろう。それこそ、世界中の会社にだって働くことができる。

 

 長々と述べてきたがお気づきだろうか?実は、テレワークに向いている仕事というのは、「時間」や「空間」、そして「組織」を超越し、これらとは関係ないものとなる。その時、成果主義が基本となり、プロセスは重要でなくなる

 これこそがパラダイムシフトだ。つまり、個人の能力差がますます顕著になることを意味しているからだ。これまで、日本の会社は「メンバーシップ型」の雇用を採用していた。同じ場所で働くことによって、何をやればいいのか不明瞭でも、異なる能力を持つ仲間と一緒になって適宜判断し、動くことができた。しかし、テレワークは一人ひとりの力量をはっきりさせようとする。会社によるマネジメントは「ジョブ型」を前提とし、雇用システムも変わらざるを得なくなる。

 そして、会社が欲しいのはデジタル・スキルを持つ人材である。単にしがみついている人はお払い箱にしたい。彼らの退職時には、人材の「チェンジ」が容赦なく行われよう。最近、副業の経験が本業にプラスになるという理由で、副業に対してポジティブな空気が醸成されつつある。流れに乗って、能力を向上させ続ける「スーパー人材」が登場するだろう。「スーパー人材」の「内申書」が世の中に出回ることを覚悟しなければならない。それを元に彼らを巡る争奪戦が展開される。

 会社としても、「スーパー人材」を抱えていることは良い評判となる。一方、オンライン対応すらできない会社には優秀な人材が集まらなくなり、会社間格差までもが拡大する。(大内伸哉「誰のためのテレワーク?」明石書店) 

 

 実は、このような状態は社会全体から見ると危険である。能力の個人間格差は、経済格差に直結する。「ルールを守って真面目に頑張っているつもりでいても報われない」・・・そんな思いをする人が溢れ出てくる。社会不安が増すことになるだろう。また、「スーパー人材」が必ずしも特定の会社を成長させてくれるとは限らない。それは、国としても成長できるとは限らないことを意味する。

 

 では、どうすればいいか。それは、「スーパー人材」に頼らなくてもよいシステムをあちこちで実現させていくことだ。

 まず、誰もが使いやすいインターフェースが求められる。「参加型テレワーク」環境の整備が必要だ。AIによる行動援助があると便利だ。光熱費は誰が負担する?などといった細かいルールもインストールされていると良い。ついでにメンタル・サポートしてくれるテクノロジーも欲しい。外部との円滑なネットワークシステムやテレビ会議スペースの充実も必要だ。全てのやりとりが記録され、迅速に関係者間で共有される。情報保護はブロックチェーンの技術を使う。(サイボウズチームワーク総研「サイボウズ流テレワークの教科書」SOGOHOREI)

 テレワークとオフィスワークのバランシングも大事だ。周りに人がいないと駄目という者もいるだろう。異なる働き方の存在自体が緊張感を生むだろう。個人の働き方とそれによる成果を把握し、人材の「最適配置ポートフォリオ」を完成させるのだ。 

 テレワーク環境の整備によって、情報がつながり、会社の内外を問わない「知のコモンズ」が形成され、そこに参加する個人のさらなる成長をもたらす。進化系テレワークの果てにあるのは、まさに「人材革命」なのだ。

 

「貿易の品位」~日本に問われる国内戦略

2021年8月9日(月)

 トランだ。

 

 新型コロナウイルス感染症の勢いが止まらないな。日本の感染者数がついに累計100万人を突破した。

 かたや、ワクチン接種が進んでいるアメリカでは、6月の貿易赤字額が約757億ドル(約8兆3000億円)と単月で過去最大を記録した。個人消費が回復したおかげで輸入が増えたようだな。これをうらやましいと思うだろうか。ちょっと待ってくれ。なぜなら、貿易は「黒」「赤」で語れるものじゃないからだ

 

 ここで、貿易の基本についておさらいをしようぜ。貿易は、世界各地で品物の産出量にばらつきがあることで成立する。需要と供給による価格差が利益を生み出すからだ。

 だが、貿易が自由すぎると国内産業に跳ねてくる。ドイツの経済学者フリードリヒ・リストは、二国間の自由競争がお互いの利益になるのは、両国の産業がほぼ同レベルの場合だと唱えた。完全な自由貿易で生き残れる国なんてほんのわずかだぜ。だから「守り」が必要となる。それが、関税や量的規制による「保護貿易」だ。(長沼伸一郎「現代経済学の直観的方法」講談社

 

 ややこしいことに、今の世界は細分化され、ネットワークでつながっている。このため、品物の動きや国の関与が見えにくくなっているが、実際は、政府が企業を陰に陽に支援している。輸出先の関税は下げてほしい、しかし、フェアにいこうというのなら自国への輸入関税も下げなければならない。自動車を輸出したければ農産品を輸入しなきゃならないって寸法だ。結局、割を食うのは国民だ。こうして国内で「収奪」が行われる。

 そして、「収奪」の根っこにある問題は、国内で進行する不平等の拡大だ。ここでいう「不平等」は、一定の経済成長を経て労働者の権利や最低限の賃金が保障されている状態において生じる貧富の差のことだ。労働者は教育が行き届いていて能力も高い。その分、コストがかかる。そうすると、企業は国内での製造を嫌がって海外に乗り出す。国民の収入は低いままだし、雇用も制限されるんだぜ。

 「収奪」はある程度の繁栄を達成する。だが、繁栄を手にするのは一部の富裕層だけだ。そうするよう富裕層が政治に働きかけるからだ。しかし、こんなやり方がいつまでも経済成長を生み出すことにはならないぜ。(ダロン・アセモグルら「国家はなぜ衰退するのか」早川書房

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 この究極の姿が、今の中国だ。中国の基本戦略は、輸出を盛んにしつつ、国内のインフラを整備することで雇用を確保し、巨額の資本を投入することだ。一方で、都市部への人口流入を調整して賃金上昇を抑えている。こうして、大量に消費してくれるはずの労働者から、大して消費もせずに投資に熱心な富裕層に「購買力」が移転する

 アメリカも国内の不平等が拡大しているという点では共通しているが、特殊なのはドルの存在だ。諸外国は準備資産としてドルを持とうとする。米国債を購入しつつ、ドルを稼ぐためせっせと製品を作ってアメリカに輸出する。こうして、世界的なカネ余りと供給過剰がもたらされることになる。こんな調子だから、アメリカの経常赤字は長い間解消されず、国内製造業も下火になっている。(マシュー・C・クレインら「貿易戦争は階級闘争である」みすず書房

 ここに登場したのがトランプ前大統領だ。彼は、強いアメリカを取り戻そうとした。中国の輸出産業も米中貿易戦争で大打撃を受けたぜ。そこで、中国は、15か国の自由貿易協定であるRCEP(地域的な包括的経済連携)の署名式を行い、加えて、TPP(環太平洋経済パートナーシップ)への参加を宣言した。狙いは、年平均5.6%と経済成長の著しい東南アジア諸国をはじめとするアジア太平洋地域に、あり余る資本を投下することだ。こうした文脈で考えると、「一帯一路」構想も国内資本の行き先の一つに過ぎないという中国の実情が透けてくる。

(近藤大介「ファクトで読む米中新冷戦とアフター・コロナ」講談社現代新書)(助川成也「サクッとわかるビジネス教養 東南アジア」新星出版社)

 

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 じゃあ、日本はどうすべきか。世界に冠たるトヨタを例にとると同社は電気自動車の導入に反対している。ゲームチェンジされると困るからだ。そして、広大なすそ野産業に従事する大勢の労働者を盾にとっている。しかし、それを言うのであればもっと国内生産を推進すべきだ。そうすれば、海外資本の流れを吸収することにつながる。アメリカの初代財務長官ハミルトンが、製造業は国家の安全保障に貢献するだけでなくそれ以上の価値を有すると言ってたことを思い出そうぜ。

 併せて政府は、税制改正などで国内の「不平等」を縮小させるべきだ。そうすれば、みんなの目が改めて国内市場に向かうようになる。単に輸出が減ったからと騒いでるようじゃだめだ。貿易ってのは、より健全な国内の形を実現しながら進めていかないと、結局どんづまりになるんだぜ。