デジタル情報を「第二の通貨」にして新たな循環システムへ!

2022年1月24日(月)

  フィナよ~。

 

 昨年11月24日、大手銀行やNTTグループなど74社・団体が参加する企業連合が、デジタル通貨の実証実験をこの3月末までに行うと発表したわ。ブロックチェーン(分散型台帳)の技術を使いながら、企業間の決済や送金のコストを下げる試みのようね。

 経済のデジタル化が進んでいるわ。新型コロナウイルスの感染拡大によって、在宅勤務や遠隔教育といった場面でICTの実装が進んでいる。人口が減少していく日本にとって、デジタル化は喫緊の課題ね。

 でもちょっと待ってちょうだい!ことはそれほど簡単じゃないわ。経済のデジタル化には「個人情報保護」の考えがついてまわるの。お金の動きは最大級の「ビッグデータよ。スマホで買い物をすれば、あなたがいつどこで何をいくつ買ったかというデータが取れるわ。いざとなれば、あなたのプロファイルなんて簡単に作れちゃうでしょうね。中国では「デジタル人民元」を作ろうとしているけど、本当の目的は国民一人一人の詳細なデータを入手することじゃないかって言われているの。(野口悠紀雄「データエコノミー入門」PHP新書)

 では、データは一切提供しないってなるとデジタル化のメリットは大幅に減るわね。そうした事態を見据えると、ここは逆転の発想が必要よ。つまり、「マネーのデータ化」ではなく「データのマネー化」よ。価値ある情報はもはやマネーと同列。思い切って「第二の通貨」と位置付けて、循環システムづくりを考えていくべきよ。

 

 情報の価値が高まる中でデータの集中がさらに進行するわ。うまくやっているのがGAFAなどデジタルプラットフォーム(DPFとされる企業ね。世界レベルで経済の寡占化が進行しているのDPFが寡占化しやすい理由として、規模拡張にコストがあまりかからないこと、アマゾンがデジタル書籍業から配送業に手を広げたように様々なサービスに拡張しやすいことが挙げられるわ。

 一方で、寡占化に伴って、圧倒的な情報量をテコに取引慣行に歪みがもたらされることが懸念されるわ。こうした中、国側の動きもあるわ。2020年10月、米司法省が反トラスト法違反でGoogleを提訴、中国では2021年4月にAlibabaに対し、独占禁止法違反で182億元(約3120億円)の罰金を科したの。国内では2020年に成立した「DPF透明化法」において、DPFに対し取引条件などの情報開示を義務付けたわ。(大橋弘「競争政策の経済学」日本経済新聞出版)

 

 この流れを利用して、デジタル情報を通貨とみなしてうまく付き合う方向にもっていくべきよ。もちろん、価値が伸縮自在だから従来の通貨とは違うわ。でも、今の通貨だって「信用創造」が存在するじゃない。「信用創造」とは、現金を銀行に預金すると預金通帳に金額が記載されて預金者の手元に返ってくる一方で、現金は融資という形で企業に貸し出される。すると、最初の現金の何倍もの量のマネーがコンピュータ上に記録され、あたかも増えた格好になるってことよ。デジタル情報だって「通貨」になれる資格は十分あるんじゃない。(長沼伸一郎「現代経済学の直観的方法」講談社

 「情報バンク」はデジタルがマネー化された一つの形ね。情報を貸し借りできるようにするの。三菱UFJ信託銀行は、2021年7月に「Dprime」を立ち上げたわ。ここでは、個人が提供するのは位置情報や資産情報などに限り、名前や住所など個人を特定できる情報は隠したままにするの。対価として企業の新サービスや割引券などを受け取れるわ。でも、データが十分集まらない可能性があるわね。

 

 ここは世の中に数多ある決済の仕組みにリンクする形でデジタル情報を取得するようにするの。例えば、商品購入時にコンビニでスマホをかざす際、所定のデータセット、性別、年齢、居住地といった個人特定情報に、購入履歴情報を加えたものを提供してもよいとした場合は、より大きなポイント(またはデジタル通貨)がもらえるようにするの。つまり、所定のデータセットを個人所有物として売買に使えるようにするの。もちろん提供しなくてもいいし、一度提供したデータセットであっても消去してもらいたければ、消去対象データ分のポイントを使用してシステム上で消去するの。システム運用については公的機関がチェックする仕組みにすればいいわ。

 これまで無料で入手した情報のおかげで巨大になったDPFだけれど、こうした仕組みによって、無制限の肥大化は避けられるわ。企業会計上も「デジタル情報」が「資産」として扱われることになるでしょうね。

 経済のデジタル化については、個人情報保護の問題のほか、デジタル課税など複雑な議論があるわ。だから、ここはシンプルに「第二の通貨」として「価値」を見える化すればいい。そこから新たなビジネスチャンスが生まれることも期待できそうよ!

 

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「知能低下社会」がやってきた!

2022年1月17日(月)

  ソシエッタです。

 

 オミクロン株の感染拡大が止まらなくなってきました。人流があれば感染は広がります。私たちは再び活動レベルを下げ、閉じこもらなくてはならないのでしょうか。

 昨年10月、日本出身である眞鍋淑郎氏がノーベル物理学賞を受賞することが決まりました。日本からノーベル賞は出なくなると言われる中での受賞でした。でも、これからは本当に出なくなるかもしれません。今、先進国に「知能低下社会」が到来しています。日本も例外ではありません。

 

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 ここでいう「知能」は、最も重要な認知能力であり、様々な能力に通じる「一般知能」です。反論に「フリン効果」を挙げる人もいるでしょう。これは、平均的なIQスコアが20世紀を通じて上昇してきた、というものです。でも、IQスコアが測っているのは、「一般知能」との関係が弱い科学的・分析的な思考様式です。

 近代以降、科学的・分析的な方法で考えることが正しいとされてきましたが、その反面、「一般知能」はゆっくり低下してきました。2017年、アイスランド大学が発表した研究によると、「一般知能」に関わる遺伝子スコアを持つ人の割合は1910年から減少傾向にあります。識字率や計算能力などの低下は「知能低下」を示唆しています

 背景にあるのが自然選択のパターンの消滅です。かつて、より高い「一般知能」の遺伝子が生き残ってきました。その後、医療や衛生の改善により幼い命が守られるとともに、女性がその能力をキャリア形成に捧げるようになり、出生数が減少しました。こうして、高い知能を持つ人が生まれる確率が低下しつつあります。これは、文明の宿痾です。ほとんどの国において、平均的な教育レベルと最終的な出生率には有意の負の相関があります。また、福祉国家が平均知能の低下を助けていると指摘する声もあります。

 「本当に知能が低下していると言えるのか」「女性の社会進出はだめとでもと言うのかしら」とお怒りの方もいるでしょう。でも現実は、産業発展後、数十年のタイムラグを経て、重要なイノベーションの発生頻度は低下しています。今見られるのは漸進的進歩にしかすぎないのです。(エドワード・ダットンら「知能低下の人類史」春秋社)

 

 日本の現状も厳しいです。世界に冠たる長寿国ではありますが、少子化が進み、人口が減少しています。女性のさらなる活躍が切望されています。ソーシャルメディアによるコミュニケーションが増え、難易度の高い言葉に触れる機会が激減しています。日本における「一般知能」の低下は他国よりも著しいと言えるでしょう。

 問題は、こうした問題に誰も気づいていないことです。多くの人が日本の「経済的」繁栄は終わったと感じていますが、階層意識については、「上流」が増え「下流」が減っていると勘違いされています。若い世代でその傾向が強いです。収入は減っているのですが、デフレのおかげで生活困窮にならないだけです。また、周囲を見渡してもみな同じに見え、自分は「中流」だと安心するのです。その傍ら、筋トレや美容に精を出し、仕事で成果を出すという「個人志向」的な人生観が増えています。世のため人のためという意識が弱くなります。知能が高いほど、投票などの市民活動にも参加し、極端な意見を持たなくなるのですが・・・日本の将来が心配です。(三浦展「大下流国家」光文社新書

 

 「知能低下」の実態は巧妙に隠されています。身も蓋もない言い方ですが、能力の多くは生来決まっています。でも、公平感を演出するため誰もが学校に行けるようにしておいて、「あとは各自の努力次第です」という考え方が広く受け入れられています。でも、階層は固定化されています。そして、格差自体はなくなりません。社会が機能する上で一定の役割を果たしているからです。むしろ、格差が減れば、その小さな格差が私たちを余計に苦しめます。(小坂井敏晶「格差という虚構」ちくま新書

 イノベーションを起こさなくてはなりません。経済面だけではなく、文明を維持するためにも重要です。成功する社会にとって、少数であっても適切な数の「天才」が必要なのです。「天才」は社会全体の「知能」が上がるにつれ、登場します。そのためには地道な取組が必要です。

 一つはスマホやインターネットとの付き合い方の見直しです。「表現」は脳が健全に機能するために必要なことですが、ソーシャルメディアは単に「はけ口」でしかありません。操作の一つ一つや使用言語について「一般知能」を高められるようシステム面で制御していく工夫が必要です。もう一つは、自然と触れ合うことのできる機会づくりです。自然から得られる感覚を大事にするのです。これらの取組を長い年月をかけて行い、知能遺伝子を永眠させないよう揺さぶり続けながら、コロナが去った後、活動レベルのギアを一気に上げる準備をしておくのです。

 

ウイルスが潜む生態系の奥深さ

2022年1月10日(月)

  エンヴィです。

 

 オミクロン株の流行が止まりません。今年もしばらくは新型コロナウイルス感染症との駆け引きが続きそうです。

 感染症が怖いのは、どこから来て、どのような動きを見せ、どこへ行くのか全く「見えない」ことです。人は目に見えないものに恐怖を感じます。一方で、人は「見えない」ことを言い訳にします。その一つが、「知らず知らず」環境に負荷を与えていることです。感染症のうち人獣共通感染症」と呼ばれるものは、人類による環境負荷がもたらしているものなのです。今、必要なのは、「見えない」ものを「見る」姿勢です。

 

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 実は、新型コロナウイルスよりも「鳥インフルエンザH5N1」のほうが怖いです。一般にウイルスなどが動物種を超えて感染することは稀なのですが、突然変異によって「H5N1」がヒトーヒト感染に適応した場合、最「凶」の殺人ウイルスとなる可能性があります。現在知られているヒトの感染症の6割は、異なる動物種の間を行き来しているか、最近になって他の動物から人間に伝播したものです。ラッサウイルスはネズミなどのげっ歯類から、野口英世が罹った黄熱病の黄熱ウイルスはサルから、麻疹(はしか)は家畜化された羊やヤギから、エイズを引き起こすHIV-1ウイルスはチンパンジーから飛び移ってきたものです。(デビッド・クアメン「スピルオーバー」明石書店

 新型コロナウイルスの由来となった宿主は分かっていません。コウモリやセンザンコウなどの野生生物から似たウイルスが見つかっていることから世界保健機関(WHO)は、動物から中間宿主を経由して伝播したルートを有力視しています。もし、本当に動物由来だとしたら、根絶することは不可能と考えた方が良いでしょう。親戚筋にあたるSARSやMARSも根絶できていません。根絶できたウイルスに天然痘やポリオが挙げられますが、理由は人体以外の場所では生きていけないからです。

 熱帯熱マラリアは年間50万人もの人を死に至らしめている悪質な感染症ですが、どこから来ているのか分かっていません。ハマダラカという蚊が媒介するのですが、その元となる宿主は、鳥類あるいはチンパンジーなどの類人猿が有力とされています。いずれにしても、生態系の奥深い世界に紛れ込んでいるのです。

 

 重要なのは、生態系をいたずらに刺激してはならないということです。生態系は微妙なバランスによって保たれています。学校の理科で「食物連鎖」を習ったと思います。食べる者も実は食べられる者でもあり、相互の活動により、それぞれの種の個体数が保たれています。だから、ウイルスなどが伝播しやすい宿主の中を動いていても、宿主ごとに、その増殖が抑制されているのです。このため、生物学的多様性があった方が、生物全体でみると伝播能力の平均値が低くなるのです。こうした均衡の中で、ヒトという種だけが飛び抜けて何十億にも増殖し、さらには環境負荷もかけています。ヒトは生態系にとっての「パンデミック」なのです。 

 そして、感染症は、ヒトも動物種の一つであり、しょせん生態系に組み込まれている存在に過ぎないことを思い起こさせてくれます。感染症には「臨界集団サイズ」という概念があります。これは、感染が継続していくための最低限の人口です。ちなみに、麻疹のサイズは50万人前後、百日咳は20万人前後とされています。微生物からすれば、人類という「エサ」は入れ喰い状態に見えることでしょう。

 

 環境負荷にも様々なレベルがあります。東南アジア島嶼部では、ヤマアラシの胃石が薬として重宝されています。0.2グラムで1万5000円と高価です。新型コロナウイルスの宿主の候補、センザンコウもウロコが薬として使用されました。新型コロナウイルスはイヌ、ネコのほかミンクに感染が認められています。デンマークやオランダでは毛皮用に飼育されていたミンクがヒトから感染し、そこからまたヒトに感染したことも分かっています(宮坂昌之『新型コロナワクチン 本当の「真実」』講談社現代新書)。

 さらに、僕たちは、自身が移動するだけでなく、家畜等の動物を高速・長距離移動させます。二酸化炭素を排出して地球の気候を変え、蚊やダニが生息する緯度を変化させている可能性があります。これらは「知らず知らず」行っているのかもしれませんが、もう目をつぶることは許されません

 「マルチスピーシーズ人類学」という考え方があります。環境問題を念頭に置きながら、人類と多種共同体との結びつきに焦点を当てて考えることです(奥野克巳ら「マンガ版マルチスピーシーズ人類学」以文社)。同じ生態系に生きるものとして、もっと自然を、もっと生態系の同胞たちを「見る」のです。そうすることで、日頃の活動が及ぼしている環境負荷に思いを致すことができ、生態系を守るための、ちょっとした行動につながるのです。

頼れるようで頼れない「栄養学」。鍵は「見える化」!

2022年1月3日(月)

 フーディンだよ~。

 

 明けましておめでとう、今年もよろしく!なんだな~。

 おせち料理など食べ過ぎてないかい?おいらは運動はだめだから、健康のために食事のほうは気を遣うようにしているんだな~。

 でも、食事って、「30品目摂りましょう」とか「バランスよく食べましょう」とかよく言われるけど、何となくいい気がするなあっていう程度で、実際どうしたらいいか分からないよね。そして、おいしいものはたいてい「不健康」なんだな~。おそらく、飢え死にしないよう、栄養価が高いものを「おいしい」と感じるようヒトは進化してきたんだろうね。だから、栄養をちゃんと摂りながら「不健康」にならないようにしようとしたら、ヒトは「頭」で理解するしかないんだな~。そんな時、頼れるのが「栄養学」だよ

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「栄養の教科書」新星出版社

 特に押さえておきたいのは、心筋梗塞脳卒中といった循環器系疾患と糖尿病、がんにかからないこと。みんなも意識してるよね。循環器系疾患や糖尿病については、内臓脂肪型の肥満である「メタボリック症候群」を防ぐことが大事になってくるよ。ここで登場するのが野菜だけど、実は、野菜を摂ることで死亡率が低下するとされているのは、栄養学ではがんではなく循環器疾患なんだな~。ところが、その野菜摂取についても課題があるよ。一つは、野菜摂取量を個人ごとに調べる手段がなく、健診など疾病予防の場で活用されていないことなんだな~。平均すると若い人は摂取量が少なく年齢が高くなるほど多くなるらしいけれど、個人単位でチェックしなくちゃね。

 もう一つは、世界的にも野菜と果物を合わせた必要摂取量は1日あたり約400gとされているけれど、「じゃあ、野菜だけだったらどうなの?」っていう疑問に対する明確な「解」が無いことなんだな。果物による糖分の摂り過ぎを気にする人にとっては欲しい情報だよね~。

 

 糖分の話が出てきたから糖尿病のことを考えようか、って実はこれがまた難しいんだな~。「糖=糖尿病」と単純にいかないんだな~。そして、予防については運動のほうはエビデンスがあるんだけれど、食事のほうは結論が出せないんだな~。これだけのことをすれば他は何を食べてもいいよ、という予防法は見つかっていないんだ。

 そんな中でも食べ方やタイミングについてはいくつか指摘されてるよ。例えば、血糖値上昇能力を表す「グリセミック・インデックス(GI)」が低い食べ物は血糖値が急激に上がらないから良いとされていて、習慣的に精白米ごはん(GI=73)からうどん(同55)に変えると、3割以上も糖尿病が予防可能になるんだって。

 あと、「時間栄養学」によると、体内時計のリズムはそれぞれの動物の活動時間帯にピークが来るようになっていて、ヒトは日中がピークだから、夜に食事を摂ると体内時計の「夜型化」を引き起こして、さらに夜食を食べたくなるんだって。すると、夜に活発になる時計遺伝子Bmal1の働きによって、脂肪の貯め込みがますます増えちゃうんだ。ついでに言うと、朝食を抜いて昼・夜の2食で済ます人はメタボリック症候群のリスクが高まるし、朝は高血圧になりやすくなって脳出血の危険も生じるんだな~。

(柴田重信「時間栄養学入門」講談社

 

 次に意識しておきたいのが「塩分」だね。塩分も糖尿病のリスク因子だし、循環器系疾患にも影響してくるんだ。世界保健機関(WHO)が推奨する食塩摂取量は成人で1日あたり5g未満。アメリカの研究だと、太っている人が1日あたり10g以上食べると心不全のリスクが高まるみたい。日本人の摂取量は10g前後だから「黄信号」ってとこだね。

 厄介なのは「隠れた塩」といって、食塩が舌にある味蕾(みらい)細胞に直接付着しない限り、食べ物の「塩味」を感じることはないから、ついつい摂り過ぎちゃうんだな~。日本ではしょうゆやみそ、だしや風味調味料からの摂取が多いみたい。また、総量を制限することは大事だけれど、漬物など単独で塩辛いものは胃がんにも影響するよ。(佐々木敏「データ栄養学のすすめ」女子栄養大学出版部)

 

 このように一つ一つ採り上げていくときりがないけれど、栄養学に基づいて細かいデータを積み上げてこそ、食事全体のコーディネートが可能になるんだな~。

 ラ〇ザップでは、料理の写真を撮らせて食事指導しているよね。これを発展させて、官民共同で壮大なプロジェクトを立ち上げて欲しいね。具体的には、各種料理について一皿ごとに細かく栄養成分の分析を行い、個人の食事パターン(内容、時間帯)による生理学的影響(血圧、血糖値、脂質など)について、長期間で大規模な調査によりビッグ・データを作るんだ。これこそ究極の「栄養学」になるんだな~。今のままだと栄養の個人差を生んでしまう。そうしないためにも、栄養の見える化を進めて欲しいね。それじゃあ、ご馳走様!

 

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「古典」ってホントに要るの?

2021年12月27日(月)

 エディカよ。

 

 「師走」もいよいよ終わりねって、古語を使っちゃったわ。お師匠さんがあっちこっちに走るくらいに忙しいって「なんて粋なネーミング!」って思わない?

 今回話題にしたいのは「古典」の必要性・・・と聞くと、高校の授業や大学試験を思い起こすかもしれないけれど、ここではもっと根本的に「古典」を知ること、学ぶことの大切さを問うわ

 

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 「古典」なんて要らないわっていう人の意見は大体こうね。

・学ぶべきことがたくさんある中で「古典」を学ぶ優先度が低い。

・描かれている年功序列や男尊女卑といった価値観が現代の方向性からズレている。

・国家権力によってナショナリズムの高揚に使われる。

 

 こうした否定論の背景にあるのは、現代資本主義の「価値観」よ。金融システムの複利制度のおかげで稼がなくちゃならないスピードや規模がどんどん大きくなっている(山口薫ら「公共貨幣入門」インターナショナル新書)、それは欧米諸国が構築してきた英語や情報システムという土台での戦いになる、一方で、戦争の反省から日本が戦前まで持っていた価値観は自重される・・・。

 でも、今、現代資本主義の「価値観」が本当に正しいのかが問われてるわ。新型コロナウイルス感染症の流行もその副作用の一つとさえ言われている。もちろん、現代資本主義は私たちの生活の隅々にまで行き渡っているから完全否定はできない。ここで言いたいのは、現代資本主義の「次」を目指すのであれば、「古典」を学ぶことはプラスになるということよ。

 

 じゃあ、「古典」の効用は何かって?一つは、物事を相対的に捉える目が養われることね。今の「価値観」を絶対とする見方から脱出できるの。

 例えば『伊勢物語』(平安時代。作者不詳)に登場する、ある「愛」のあり方。宮仕えのため3年間自宅に帰らなかった夫を待ちくたびれた妻が、熱心かつ誠実に求婚してきた別の男性と結婚の約束を交わしたその日に夫が帰ってきたというお話。当時は夫が3年間音信不通であれば妻の再婚は認められていたの。妻は再婚の決意をしていたから、夫の求めに応じず家の戸を開けなかったところ、ついに夫は「新しい夫と仲良く幸せに」と歌を残して去っていく。妻は激しく後悔し、後を追って方々を探すけれど夫を見つけることができず、倒れ伏して死んでしまう・・・

 私たちなら、「まずはよく話し合いましょう」とアドバイスして済ませてしまいがちね。でも、元夫と再婚の夫のどちらの「愛」にも忠実でありたいという中での究極の選択に悶え苦しみ命まで失ってしまう妻、理解を示し恰好よく去っていく夫の姿を想像しながら、こんな価値観もあるんだと思うと物事の見方が広がると思わない?今年は某皇族のご結婚が随分と騒がれたけれど、体裁とかお金の問題はさておいて、温かく見守りたいという気持ちも沸いてくるんじゃないかしら。(山口仲美「日本語の古典」岩波新書

 

 あと、同じ人間として本質的に変わらない面から「教訓」を得ることもできるの。『孫子』は現在も経営戦略として読まれてるし、『枕草子』には人に嫌われないようにマナーがびっしり記されている。『徒然草』は結果を予想して計画を立てることがかえって足をすくう結果になるんだよ、と注意点を教えてくれる。今年のNHK大河ドラマの主人公、渋沢栄一孔子の『論語』を基に、「物事を進展させたい」という欲望を抱き続ける一方でそれを実践に移していくためには社会の基本的な道徳をバランスよく推し進めていくことが重要であるとしたわ(渋沢栄一「現代語訳論語と算盤」ちくま新書)。つまり、生きるための知恵が詰まっているの

 中国の思想家である老子は、宇宙と人間の根本原理のような意味の「道(タオ)」という哲学的思想を説いたわ。彼の言葉「上善は水の如し」は有名ね。水のように何物にも逆らわず、無為自然に生きていくことの尊さを表現したのね。こういう超越した考え方に由来するYESとNOの間に位置する中間領域は重要よ。実は「あいまいさ」の思想は科学分野にも応用されてきたわ。アインシュタイン相対性理論量子力学などがそうね。「古典」は未来につながるの。(長谷川凛ら「高校に古典は本当に必要なのか」文学通信)

 

 もちろん、「古典」の学びは強制されるべきものではないわ。そして、原文でなくても内容は翻訳語でも通じる。でも、物事は言葉に即して考えられているから、できれば原文で読むことをお薦めするわ。

 最後に『方丈記』。作者鴨長明が実体験した大火、大辻風、遷都、大飢饉、大地震といった災害・事件の事実を簡潔に記したものよ。新型コロナウイルスに悩まされる私たちの心に響くものがあるかもね。一節を紹介するわ。

 

 「この世の中と云うものは心の持ち方一つで苦しい世の中にもなり、楽しい世の中にもなるものである。」(佐藤春夫「現代語訳 方丈記岩波書店

 

落合ドラゴンズに見る「組織心理」の妙

2021年12月20日(月)

 レーブだ。

 

 新型コロナウイルス・オミクロン株による感染が国内でも見られている。感染者の濃厚接触者が等々力スタジアムでサッカーを観戦していたようだが、収容率を最大にした矢先だったため関係者もショックだったろう。

 少し前まで、国内のスポーツと言えばプロ野球だった。上司にしたい人ランキングもプロ野球の監督や選手が多く、長嶋茂雄イチローの名前が挙がったものだ。私は落合博満を推したい。彼の心理面へのアプローチは、組織運営の参考になるからだ

 

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 落合監督によって中日ドラゴンズは常勝軍団に変わった。その手腕は素直に評価したい。成績は、在籍した8年間(2004~2011年)でリーグ優勝4回、2位3回、3位1回だ。

 彼の就任前の10年間はと言えば、優勝1回、2位5回だ。決して「常勝」とは言えない。さらに彼の退任後の2012年から今年までの10年間は、優勝0回、2位1回と寂しい限りだ。

 落合監督の凄みは、勝つために情を排し、ひたすら選手を、ゲームを観察したことだ。「俺は選手の動きを一枚の絵にするんだ。毎日、同じ場所から眺めていると頭や手や足が最初にあったところからズレていることがある。そうしたら、その選手の動きはおかしいってことなんだ」と、ぶれない視点を堅持した。その結果、守備の名手と言われた井端と荒木のポジションのコンバートや、日本シリーズ初の完全試合まであと1イニングでの山井投手の交代につながった。

 

 野球チームもそうだが、組織も集団から形成される。しかし、集団による意思決定が正しいとは限らない。むしろ、様々なバイアスが生じるため、間違った結論になってしまうことが多い。個人だと正しい判断が下せるのに集団だと間違った判断を下す現象は「集団的浅慮」と呼ばれる。

 そして、一度決定したことは、たとえそれが間違いであっても覆せなくなるという心理がはたらく。組織ではこれらのジレンマと闘わなくてはならない。「悪魔の代弁者」といって、予め決められた一人が多数派に対しわざと反対意見を述べ、議論を活性化させる方法もある。

 また、集団作業の人数が増えるほど生産性が上がると考えられがちだが、面白いことにこれも違う。「社会的手抜き」といって、集団全体のアウトプットと個人のアウトプットの合計の差が拡大するという現象が見られるのだ。(北村英哉「まんがでわかる社会心理学」KANZEN)

 大事なのは、組織を俯瞰してみること、そして、こうした個々人の心理のはたらきを、人間である限りやむを得ない面があると頭に入れて対処していくことである。そうすれば、リーダーがいたずらにメンバーに指導して、職場内がギクシャクしたりすることが無くなる。釣られて、メンバー一人ひとりの寛容性も高まる。

 

 良好な人間関係の構築こそが組織の成果を左右する。注意しなくてはならないのは「妬み」だ。人間関係をややこしくし、業務遂行の妨げとなる。一方で、「妬み」は有能な相手から自分の資源を確実に守るための「センサー」の役割を担っている。だから、妬みを持つ者にとっての居場所・存在価値が見出せるような環境をつくることは、実は、当人のアインデンティティを形成し、ネガティブな感情を低減させることにつながる。さらに、「競い合う」という状態にうまく変換させることができれば、組織にとってプラスの効果をもたらすことさえできる。(山浦一保「武器としての組織心理学」ダイヤモンド社

 

 落合監督の話に戻るが、三冠王を3度取った自身の技術論に加え、選手個人の心理をうまく利用した点も特筆すべきだ。「ミスタードラゴンズ」と呼ばれ絶対的存在であった立浪選手の守備の衰えを見逃さず、長打力を持つ森野に代わりにレギュラーを取らせようと自らノック指導を行った。それこそ、森野選手が意識不明になって倒れるまでという徹底したものだった。

 やがて、見事ポジションを獲得した森野選手が早朝から誰もいないはずのグラウンドでランニングしようとした時に見つけたのが、先に来てランニングしている立浪選手の姿だった。その日から、視線も言葉も交わさずに黙々と二人の男が走る光景が名古屋ドームの日常となる。その立浪選手が優勝に絡む大事な試合で代打でサヨナラ勝ちをもたらし、試合後のヒーローインタビューで涙を見せる。立浪選手の涙を見たことが無かった森野選手は、プロ野球で生きることの意味を改めて気付かされる。(鈴木忠平「嫌われた監督」文藝春秋

 人間は、たとえ非合理的な行動を取っていたとしても、心身の健康を保とうとする感情の存在がある。それが見た目では分かりにくい状況を作り出している。このことを組織のメンバー全員が知っておく必要までは無いが、少なくともリーダーは知っておかなければならない。決して押し付けることはせず、メンバーの能力を上手に活かすことが大事なのだ。

 

タクシー業界の最後の姿とは・・・

2021年12月13日(月)

 トランだ。

 

 新型コロナウイルス感染症は交通に影響を与えたぜ。今、感染が見つかっているオミクロン株がどうなるかは神のみぞ知るだが、去年の最初の緊急事態宣言では「移動は乗用車で」というケースが増えたようだが、タクシーの利用も増えたかというとそうでもないようだ。どうやら、タクシーってのは、経済動向に連動するみたいだな。日本経済の今後を思うとタクシー業界の将来は厳しいものになると予想するぜ。

 

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 東京都では、タクシーの輸送人員数はリーマンショック時にどーんと落ちた。その後は戻すこともなく横ばい状態となっている。反対に東京メトロは少し増やしている。(太田和博ら「総合研究日本のタクシー産業」慶應義塾大学出版会)

 輸送人員数を戻せない理由として、業界における構造的な問題がありそうだ。まずは、運賃の高さを含めた「使い勝手」だ。公共交通機関に比べると、個人単位、かつ、ドアトゥードアで運んでくれる利便性はあるが、その分運賃は高くなる。そして、タクシー運転者と利用者の間には圧倒的な情報格差がある。ルート、所要時間、料金などだ。加えて運転手の人柄や安全性も気になってくる。「当たり」が悪いと、乗ってる間中、嫌な思いをする。「二度と使うもんか!」と思った経験はあるはずだぜ。

 

 しかし、運転手にあたるのも気の毒だ。彼らの年収は310万円と見積もられている。さらに、労働時間が長いから時間当たりの金額でみると、過去30年間、全産業労働者の8割に達したことがない。リーマン・ショック後に至っては5割を切ったそうだ。しかも、車両のリース料や燃料費等といった必要経費を会社に支払い、残りが運転者の賃金になるという仕組みで、取り分は売り上げの55~65%程度だ。だから、近場まで送ってくれと言うと途端に怖い顔になって、乗車拒否される確率が高まる。

 こうした中、運転手数は2015年には34万人だったのが、2020年には28万人と激減している。今や、平均年齢は60.1歳だ。かといって勤続年数は必ずしも伸びていない。離職率が高いってことだぜ。勤務形態には「昼日勤」「夜日勤」「隔日勤務」の3種類があるが、主流は、1日20時間働いて2日分の勤務をこなす「隔日勤務」だ。24時間365日の稼働要請から生じる長時間・深夜・不規則労働、連続的に運転作業をこなすことに伴う精神的負担。座りっぱなしで腰だって悪くするぜ。どうだい?過酷だろう。

 

 背景にあるのは「同一地域同一運賃」ルールだ。タクシー業界は多くが中小企業から成り立っている。だから、不当競争が労働条件の悪化につながって安全性を含むサービスの質が低下しないよう、また、様々な運賃が存在することによって利用者が混乱しないよう、最小限の運賃幅を設ける仕組みになっている。

 そうなると、事業者としてはできるだけ保有する車両数を増やしてシェアを拡大したいと考える。その分、コストはかかるんだが、歩合制賃金にしているから事業者にとって収入面のリスクは限定的だし、収入は現金でキャッシュフローがすぐに悪くなることはないから即「倒産」とはならない。そして、コロナ禍では怪現象が起きたぜ。不特定多数を乗せるドライバーは、人一倍感染リスクが高い。高齢ドライバーだと重症化の危険も伴う。だから、国からの休業補償や雇用調整助成金をあてにして全休にしたほうが経営的には正解だったぜ。

 非効率の結果が、多すぎる東京のタクシー車両だ。国際比較をすると、ニューヨークは約1万3600台(人口841万人)、ロンドンは2万台(人口898万人)のところ、東京は約4万7000台(人口1396万人)もあるぜ。(栗田シメイ「タクシー業界サバイバル」扶桑社新書

 

 これからのタクシー業界の行方が案じられるぜ。最後の「絵姿」はどうだろうか?

 鍵はアプリだ。最初の緊急事態宣言では、アプリ配車の伸びが圧倒的だった。アプリ配車をうまく活用できているドライバーとそうでない者の営収の差は大きくなった。それに、安い料金を設定しているタクシーだと、儲けられる月と儲けられない月の差が激しいってこともある。ゆくゆくはダイナミック・プライシングを導入したほうが業界が活性化するだろう。こうした意味でもアプリを利用することは事業者側にとってもメリットが大きい。将来はマッチングサービスが基幹インフラとなる可能性が高い

 さらに、自動運転車が浸透すれば運転手が不要となるし、サービスもどんどん透明化されていく。個人個人の用途にカスタマイズされた多様なサービスを取り込むことだって可能となる。自家用車で駐車場を探し回るより、移動のたびにピンポイントで利用することができれば便利だろう。車種だって移動ごとにチェンジできると面白い。それを「タクシー」とは呼ばないのかもしれないが、重用なのは今から絵を描いておくことだぜ。