職場環境ビッグバン。良い方向ではある。しかし、正しい方向にあるのだろうか?

2019年7月1日(月)

 レーブだ。

 

 5月29日にハラスメント規制法が成立した。パワハラを「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動」と定義し、企業に相談窓口の設置など防止措置を義務付ける。前回、ここで「働き方改革」について触れたが、働きやすい職場を用意しなければ、よい人材を確保することはできなくなる

 

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 ハラスメントは組織の問題だ。

 2016年2月29日の「ハーバード・ビジネス・レビュー」の記事によれば、有能な人材を雇えば5,000ドル程度の価値がもたらされるが、有害な人材を雇うと12,000ドル以上のコストになる。いくら優秀な人材であってもハラスメントが絶えない場合は組織にとってマイナスのほうが大きくなるということだ。

 アメリカのウォール街では、セクハラ対策をきちんとしているかどうかが就職の条件として問われている。イノベーションが起きる組織には仕事上の「安心」が欠かせない。生き残りをかけて、各会社も必死だ。(白河桃子「ハラスメントの境界線」中公新書ラクレ

 

 併せて、女性が活躍できる体制を整えることが大事になる。

 女性活躍推進法は、従業員数301人以上の企業に、女性の職業選びの役に立つよう情報を開示するよう求めている。また、次世代育成支援対策推進法は、従業員数101人以上の企業に、行動計画の策定や公表を義務付けている。 

 「働き方改革」は女性活躍の必須アイテムだ。対象者だけを優遇すると「えこひいきだ」と組織の和を乱すことにもなりかねない。本人も罪悪感を抱えてしまう。ワーク・ライフ・バランスをそれこそ組織全体でバランスを図って浸透させていく必要がある。また、女性管理職比率はまだ低い。意思決定の場に女性を登用することが求められる。(村上芽「少子化する世界」日経プレミアシリーズ)

 

 健康問題にも気を配る必要がありそうだアメリカのストレス研究所によると、職業性のストレスが原因でアメリカの企業は年間3,000億ドルのコストを強いられている。ストレスが長期にわたると、短期の緊急の際には効果をもたらす体内ホルモンが、細胞に悪影響をもたらす。そして、肺がん、結腸がん、などの悪性疾患にかかる確率が高まる。健康な職場をつくるには、物理的な要因は言うまでもなく、裁量性の確保やサポートシステムの確立により、ストレスを減らすことが大切だ。(ジェフリー・フェファー「ブラック職場があなたを殺す」日本経済新聞出版社

 

 こうした受け皿整備に加え、労働市場流動性がぐんと高まることを覚悟しなくてはならない。「同一労働・同一賃金」が大きなトレンドとなり後押しする。

 年功序列を前提とした人事配置はむしろリスクを伴う。途中で辞められるとコストが回収できない。ゆっくり育てながらスキルの向上を図るといった「ゆとり」も無くなるだろう。手っ取り早く、即戦力となる人材が切望される。市場は先手を打って動いている。ビズリーチなど高度人材のデータベースを作ってリクルーティングに活かす企業が登場している。(週刊ダイヤモンド2019.5.11) 

 人材獲得競争は激しさを増すだろう。人材サービス会社のドル箱である派遣事業(市場規模約6兆円弱)には逆風が吹く。人材サービス会社自身が無期雇用して顧客企業に派遣するケースまで発生している。

 

 ITの活用にも目が離せない。「HRテック」は、人材とテクノロジーの融合だ。クラウドビッグデータ解析など最先端のITを駆使して、人事業務を効率化したり変革したりする。採用、給与計算、評価管理など様々な場面で活用されている。

 リクルートでは、本年4月、グループ社員の勤務データを解析し、1年後のモチベーションを、社員ごとに推測する取組を本格始動させた。効果的な人員配置や職場環境の改善につながる。

 チームワークもITが一役買う。みんな人間だ。合う、合わないは当然あるだろう。「FFS(Five Factors & Stress)理論」は、人と人の相性を測定し、生産性を上げる最適チームを導き出す。チーム全体のパフォーマンス向上が期待できる。

 

 しかし、こうした激変する職場環境とこれに伴う高い労働市場コストに対して、経済成長の観点から疑問視する声もある。純粋に労働力を供給したいのであれば移民の受け入れ、退職年齢の引き上げ、労働時間上限の撤廃をしてはどうかというものだ(ビョルン・ヴァフルロース「世界をダメにした10の経済学」)。

 経済成長がなければ職場環境の改善に必要とされる費用も捻出しづらい。さらに、AIやロボットの発展は多くの労働者を不要にするかもしれない。潤沢な電気さえあればよく、職場環境を気にすることはない。 

 

 今、労働者一人ひとりを大切にする「人間中心」のマネジメントが問われている。

 スタンダード&プアーズを構成する500の企業の収益調査(1982~2000)によると、人員削減を行った企業の収益性はそうでない企業よりも下がっている。また、フォーチュン誌による「働きがいのある会社」ランキングで上位に入る企業の多くは、ワークシェアリングの導入、労働時間の短縮、在宅勤務など、ワーク・ライフ・バランスに配慮しているところが多い。

 しかし、そうしたマネジメントが本当に必要でかつ可能な職場というのは、案外限られてくるのかもしれない。