「BTS現象」にみる集団心理のリスク

2021年3月8日(月)

 ソシエッタです。

 

 BTS防弾少年団)が世界で最も権威があるとされる音楽賞の一つ、グラミー賞2021に初ノミネートされました。15日はいよいよ授賞式です。注目したいです。

 そして、やはり権威のある音楽賞である「ビルボードミュージック・アワード」においては、2017年より4年連続で「トップ・ソーシャル・アーティスト」を受賞しています。人気・実力ともに世界トップクラスです。

 

f:id:KyoMizushima:20210109091037j:plain

 

 彼らの成功の要因として、ラップ・ヒップポップの主流化に最も素早く反応した韓国ポピュラー音楽の中でも極めてレベルが高いこと、メンバー全員がシンガーソングライターであり自分たちの思いをストレートに表現するという「本物のアイデンティティ」を持っていることなどが挙げられますが、最も大きいのは「ファンダム」の存在です

 「ファンダム」とは、ポピュラー文化において、特定の対象やテーマに魅了された人々の間で築かれた「能動的かつ生産的」なネットワークと文化を指す言葉です。文化や商品を受動的に消費する「ファン」とは区別されます。

(金成玟「K-POP岩波新書

 

 そして、K-POPには独特のファンダムが存在します。彼らは、応援グループの活動を宣伝本部以上に情報発信するだけでなく、様々な形で援護射撃します。

 特に、BTSのファンダム「ARMY」は有名です。彼らの中で批評や議論を行い、評論家と同じレベル若しくはより深いレベルで音楽と歌詞を解釈します。時には、BTSに対する誤解を解くため、学術論文に匹敵する膨大なリサーチとロジックを盾にBTSを守ります。行動も素早いです。「Black Lives Matter」では、メンバーらによる100万ドル寄付から1日も経たずに同額の100万ドルを集めました。

(Asahi Shimbun Weekly AERA 2021.1.11)(キム・ヨンデBTSを読む」柏書房

 

 ファンの力は大きいのです。これからは単なる「お客」ではなく、一緒になって楽しむ「共感者」としてその力を借りながら、このサービスでしか得られない「情緒価値」を高めていくことが求められています。(佐藤尚之ら「ファンベースなひとたち」日経BP) 

 しかし、こうした背景に「集団心理のリスク」が潜んでいます。理由は、現代社会で個人が拠って立つべきものが無くなっていることへの不安が増大しているからです。

 今、産業や経済が発展し、物質的な豊かさに恵まれています。個人の地位も向上し、主張や考えが尊重される時代となりました。一方で、思想や信仰、家族といった集団的な枠組みや価値観が薄くなり、人々は「個人」というものがいかに小さく孤独なのかということを肌で感じるようになりました。

 こうして、自分の置かれた環境のプレッシャーに押しつぶされ、行動の規範を見失い、他人を追随・模倣しているだけのような存在となってしまうのです。さらに悪いことに、同調圧力が以前にも増すようになり、お互いを監視し合うようになりました。そのことが、人々の間の分断を生むきっかけを作り出しているのです。

エマニュエル・トッドエマニュエル・トッドの思考地図」筑摩書房

 

 「BTSの『ARMY』は違うでしょ!だって、彼らは(受動的にではなく)能動的に活動しているんですもの」という反論が聞こえてきそうです。それは事実です。

 しかし、彼らの行動の原点は、あくまでもグループの「音楽などが好き」ということであって、決して集団的行動規範や道徳的価値観から始まったものではありません。こうした場合、「グループシンク(集団浅慮)の社会」と言って、同じような思考を持った集団がある事がらを信じ込んでしまう、という罠に陥る可能性があります。外の現実と全くそぐわないという事態も起こり得ます。こうなると、異なる考えを排除し、あるいは、ファンダム自ら社会から遊離することさえあるでしょう。

 事実、他のK-POPファンとの間で衝突も生じています。2018年には「原爆Tシャツ」問題をめぐり、ARMYによるBTSの過熱擁護が話題になりました。こうした危うさを秘めているのです。

 

 翻って 日本を見ると、規律正しい社会と評価は高いものの、受動的な形での集団心理はあっても能動的な意識が欠けていると指摘されています。つまり、「ファンダム」でさえなく、あったとしてもその動きに追随する「ファン」が圧倒的な社会なのです。

 昨年は「鬼滅の刃」の映画がメガヒットしました。これからも、情報ネットワークによってメガヒットがより生まれやすくなります。でも、すぐに違うコンテンツが世の中に出て、今度はそちらにわーっと群がるのです。

 今こそ、自分たちの「集団的行動規範・道徳的価値観の問い直し」をしましょう。そうです、求められているのは、私たちの「本物のアイデンティティ」なのです。