人事の秘訣は歴史に学べ

2021年10月18日(月)

 レーブだ。

 

 14日に衆議院が解散した。秋風に紛れ、去っていく元大臣級の大物議員もいる。選挙後の顔ぶれはどうなっているだろうか?かたや行政機関や企業では来年度の人事に動いていることだろう。

 人は組織の浮沈を左右する。人事は重要だ。「失われた30年」を経て賃金も頭打ちとなる中、我が国でも成果主義が定着しつつある。ジョブ型雇用へのシフトも進められる。こうしてみると、「人事のあり方も変わるべき」と考えがちだが拙速に動いてはいけない。基本はそう変わるものではないからだ。人事担当者においては、歴史を参考にしてはどうだろう。

 

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 日本の人事の大もとは6~7世紀頃に導入された律令制にある。ここで作られた官位や官職が、その後の日本の人事のあり方を規定してきた。(遠山美都男ら「人事の日本史」朝日新書

 645年に起きた「大化の改新」は有名だが、その本質は蘇我氏の滅亡ではなく、豪族の世襲制度を廃し、「能力評価システム」を採用したことだ。背景には唐帝国の脅威があった。政府を構造改革することによって、対抗できる力をつけようとしたのだ。その後、官僚の勤務評定が規定され、組織の安定性がもたらされた。もちろん、昇進をめぐる諍いはあったが、これも安定したシステムがあったからこそ起きたと言える。

 人事は「安定性」を前提に考えることが合理的だ。長いスパンで組織の行く末を考えるのだ。人事担当者に求められるのは、人や組織を「見立てる力」だ。これは、現在と未来を見ることを言う。(曽和利光「『できる人事』と『ダメ人事』の習慣」明日香出版社)

 

 育成においては、スーパーエリート社員に頼った会社組織をつくることは避けなければならない。一人の突出したリーダーによって組織が担われるのは稀だ。むしろ、複数の指導者が協力し合って組織が運営されているほうがうまくいく。例えば、室町幕府の当初期は、温情主義者である足利尊氏が全国の武士を従わせる役を、合理主義者である弟の直義は組織運営役を分担することでうまく機能していた。これは組織全体だけでなく各部署でも当てはまる。個人の悪いところを直していくという発想ではなく、その長所を見極め、複数の人材を組み合わせてチームをつくるという感覚が重要だ。

 また、幹部候補生であっても若い頃に研鑽を積ませることが大事だ。江戸時代では、老中までのぼるような家格の大名であっても、「奏者番(そうじゃばん)」を務めるべきとされていた。奏者番とは、江戸時代に登城した諸大名を将軍に披露する職務だ。これにより仕事の厳しさを先輩から教えてもらったのだ。若い頃は雑用をこなし、失敗もしながら周囲の助けを借りて成長していくことが糧となる。 

 そもそも、組織内の全ての人の要求に応えることは不可能だ。人が行きたがらないポストに人材を回していくためにも、誰もが羨ましがるポストに特定の人物を置くことは慎むべきだ。その仕事を一番こなせる人を配置するのではなく、その仕事によって一番伸びそうな人を配置するのだ。こうした長期スパンの視点が組織を強くする。ことに、現代社会は変化が大きい。「キャリア・ドリフト」といって人生の偶然を上手に利用することだって大いにあり得る。人事担当には、今の仕事を意味づけて説明できる能力が求められるのだ。

 越前守護の座を主君から奪い取るという「下剋上」を果たした朝倉孝景は「朝倉孝景条々」と呼ばれる人事訓を残している。重要なポストほど派閥とは関係なく登用し、一人のスタープレーヤーより粒の揃った十人を育成すべきとされている。 

 

 次に採用である。人事の仕事の50%は採用とされているくらい重要だ。採用では、条件を厳しくすればするほど優秀な人材を採れる確率は低下する。採用に成功している会社の人事はたくさんの人と会っているのだ。

 鎌倉幕府は、朝廷中心の組織ではなく、新たに東国に作られた武家政権であった。源頼朝は「天下草創」とさえ呼んでいる。そして、組織の安定経営には、武士だけでなく総務・庶務を含む事務方を揃えることが急務であった。このため、頼朝は京都から多くの官人を呼び寄せた。中でも長期にわたって貢献した人物が大江広元であった。彼が提案した守護・地頭制度により、今でいう地方自治体の仕組みが整っていくことになる。広元は貴族出身の中央官僚であったが、広く人材を求めることの好例と言える。

 最後にマネジメントだ。人事が仕事として扱うものは非常にデリケートである。客観的事実よりも心理的事実が作用する。人は「差」を気にする。前述の頼朝が上手かったのは、挙兵前に家人を一人ずつ呼び寄せ、「ここだけの話だが、お前だけが頼りだ」と囁いたことだ。人事が相対するのは「人」だ。人にとっては「利」も大事だが「心」も大事だ。その「心」を理解するためにも、歴史を知っておくことは大きな一助となる