デジタル時代の「世論」。本当にそうなの?

2021年11月15日(月)

 ソシエッタです。

 

 衆議院選挙が終わりました。大苦戦が予想された自民党ですが、終わってみれば単独過半数に達していて岸田首相もほっとしたことでしょう。選挙で勝つには「首相の顔」が必要な時代になりました。そして、長期政権になるには内閣支持率政党支持率を上回っていることが必要ということが、これまでの世論調査で示されています。

 その「世論」が、デジタル社会の進展に伴い、脆いものになりつつあります。知らぬ間に操作されていることさえ起こり得ます。そうすると、政治は民意を本当に反映していると言えるのか疑わしくなってくるのです。

 

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 世論調査は、政治意識などに関する有権者の意識と行動を計量的に分析して、社会構造を把握する役割を果たしています。例えば、1987年から2020年の34年間は、日経平均によって、自民党支持率の変動の77%が説明できます。ですから、歴代政権にとって最重要課題はズバリ、「経済対策」となるのです。

 意外なのですが、世論調査の回答者数は「2000人前後」とそれほど多くありません。何百万人とかいった規模は必要ないのです。問題は、調査に対する国民の協力が減る傾向にあること、操作されるおそれがある中、わずか「2000人前後」という少なさが不安定さを生むことです。

(鈴木督久「世論調査の真実」日経プレミアシリーズ)

 

 アメリカでは、気候変動やテロリズムよりも「捏造されたニュース」が重要な社会問題になっています。象徴的な出来事として、2016年の大統領選でトランプ政権が誕生した際の「CA事件」があります。これは、「ケンブリッジ・アナリティカ(CA)」というトランプ陣営の選挙キャンペーンを行っていたデータ分析会社が、フェイスブックから不正に入手した大量の個人データを選挙に活用していた疑いがあった事件です。

 真相までは分かりませんが、重要なのは、デジタル時代の新たなプロパガンダ戦略としてAIの活用が注目された点です。ここで話題となったのは、「マイクロターゲティング」という手法です。フェイスブックの個人データをAIに解析・学習させ、有権者一人ひとりの政治的傾向をかなりの精度で割り出し、それぞれにカスタマイズして政治広告を発信するというものです。

 効果はいかほどでしょう。フェイスブックの研究(2016)によると、SNSの投稿を見たことで政治的問題や候補者への意見を変えたかという質問に対し、8割が「変えたことはない」と回答したそうです。じゃあ、残りは意見を変えたと言えそうですね。アメリカの政治で勝敗を分けるのはたった8万人ほどとされています。この規模であれば、十分に「マイクロターゲティング」の射程範囲です。

 こうして考えると「2000人前後」なんて何とかなっちゃいそうです。さらに問題なのは、今のデジタル環境においてジャーナリズムのプレゼンスが低下したせいで、人々が受け取る情報の質が明らかに劣化したことです。反対に、利用が増えつつあるSNSは容易に人々の分断を生みます。「嘘の情報」は事実よりも1.7倍多くツイートされ、6倍拡散します。SNSで最も速く、最も遠くまで伝わる感情は「怒り」です。

NHK取材班「AI vs. 民主主義」NHK出版新書)

 

 心配なのは、世の中が「分かりやすさ」を求めていることです。氾濫する情報の中で、人はストレスを避けるため、必要な情報だけを手っ取り早く入手するよう強いられています。その副作用は、分かりやすいものばかり求めているうちに、ややこしい物事を把握して理解する能力が低下することです。また、一握りの「インフルエンサー」が提供する「分かりやすい」メッセージが与える影響が、半端なく大きいことです。

 本来、現代社会は複雑さを増しているはずであり、理解するのも一筋縄ではありません。一見分かりやすく思えることが実はそうではないことも併せて伝えていくことが大切です。(武田砂鉄「わかりやすさの罪」朝日新聞出版)

 私たちの生活にオンラインは必須です。加えて、新型コロナウイルス感染症は非接触を求めました。SNS上のやりとりが増していく時代、いとも簡単に「思想」が操作される時代、一人ひとりの理解力が低下する時代に、「世論」がどのように形成されてしまのか不安です。

 世論調査の工夫が求められます。回答者数を増やさなくてはなりません。回答のインセンティブ付け(回答した人に〇〇ポイントを贈呈するなど)も必要でしょう。そして、より大事なのは、分かりやすさだけを追い求めるのではなく、その背景にある深い状況を理解しようとすることです。地味ですが、読書をお薦めします。それも、欲しい情報だけでなく偶然出くわす情報にも触れられるよう、本屋や図書館を活用して下さい。「世論」を形成する私たちの「論」というものを耕すことが重要なのです