落合ドラゴンズに見る「組織心理」の妙

2021年12月20日(月)

 レーブだ。

 

 新型コロナウイルス・オミクロン株による感染が国内でも見られている。感染者の濃厚接触者が等々力スタジアムでサッカーを観戦していたようだが、収容率を最大にした矢先だったため関係者もショックだったろう。

 少し前まで、国内のスポーツと言えばプロ野球だった。上司にしたい人ランキングもプロ野球の監督や選手が多く、長嶋茂雄イチローの名前が挙がったものだ。私は落合博満を推したい。彼の心理面へのアプローチは、組織運営の参考になるからだ

 

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 落合監督によって中日ドラゴンズは常勝軍団に変わった。その手腕は素直に評価したい。成績は、在籍した8年間(2004~2011年)でリーグ優勝4回、2位3回、3位1回だ。

 彼の就任前の10年間はと言えば、優勝1回、2位5回だ。決して「常勝」とは言えない。さらに彼の退任後の2012年から今年までの10年間は、優勝0回、2位1回と寂しい限りだ。

 落合監督の凄みは、勝つために情を排し、ひたすら選手を、ゲームを観察したことだ。「俺は選手の動きを一枚の絵にするんだ。毎日、同じ場所から眺めていると頭や手や足が最初にあったところからズレていることがある。そうしたら、その選手の動きはおかしいってことなんだ」と、ぶれない視点を堅持した。その結果、守備の名手と言われた井端と荒木のポジションのコンバートや、日本シリーズ初の完全試合まであと1イニングでの山井投手の交代につながった。

 

 野球チームもそうだが、組織も集団から形成される。しかし、集団による意思決定が正しいとは限らない。むしろ、様々なバイアスが生じるため、間違った結論になってしまうことが多い。個人だと正しい判断が下せるのに集団だと間違った判断を下す現象は「集団的浅慮」と呼ばれる。

 そして、一度決定したことは、たとえそれが間違いであっても覆せなくなるという心理がはたらく。組織ではこれらのジレンマと闘わなくてはならない。「悪魔の代弁者」といって、予め決められた一人が多数派に対しわざと反対意見を述べ、議論を活性化させる方法もある。

 また、集団作業の人数が増えるほど生産性が上がると考えられがちだが、面白いことにこれも違う。「社会的手抜き」といって、集団全体のアウトプットと個人のアウトプットの合計の差が拡大するという現象が見られるのだ。(北村英哉「まんがでわかる社会心理学」KANZEN)

 大事なのは、組織を俯瞰してみること、そして、こうした個々人の心理のはたらきを、人間である限りやむを得ない面があると頭に入れて対処していくことである。そうすれば、リーダーがいたずらにメンバーに指導して、職場内がギクシャクしたりすることが無くなる。釣られて、メンバー一人ひとりの寛容性も高まる。

 

 良好な人間関係の構築こそが組織の成果を左右する。注意しなくてはならないのは「妬み」だ。人間関係をややこしくし、業務遂行の妨げとなる。一方で、「妬み」は有能な相手から自分の資源を確実に守るための「センサー」の役割を担っている。だから、妬みを持つ者にとっての居場所・存在価値が見出せるような環境をつくることは、実は、当人のアインデンティティを形成し、ネガティブな感情を低減させることにつながる。さらに、「競い合う」という状態にうまく変換させることができれば、組織にとってプラスの効果をもたらすことさえできる。(山浦一保「武器としての組織心理学」ダイヤモンド社

 

 落合監督の話に戻るが、三冠王を3度取った自身の技術論に加え、選手個人の心理をうまく利用した点も特筆すべきだ。「ミスタードラゴンズ」と呼ばれ絶対的存在であった立浪選手の守備の衰えを見逃さず、長打力を持つ森野に代わりにレギュラーを取らせようと自らノック指導を行った。それこそ、森野選手が意識不明になって倒れるまでという徹底したものだった。

 やがて、見事ポジションを獲得した森野選手が早朝から誰もいないはずのグラウンドでランニングしようとした時に見つけたのが、先に来てランニングしている立浪選手の姿だった。その日から、視線も言葉も交わさずに黙々と二人の男が走る光景が名古屋ドームの日常となる。その立浪選手が優勝に絡む大事な試合で代打でサヨナラ勝ちをもたらし、試合後のヒーローインタビューで涙を見せる。立浪選手の涙を見たことが無かった森野選手は、プロ野球で生きることの意味を改めて気付かされる。(鈴木忠平「嫌われた監督」文藝春秋

 人間は、たとえ非合理的な行動を取っていたとしても、心身の健康を保とうとする感情の存在がある。それが見た目では分かりにくい状況を作り出している。このことを組織のメンバー全員が知っておく必要までは無いが、少なくともリーダーは知っておかなければならない。決して押し付けることはせず、メンバーの能力を上手に活かすことが大事なのだ。