誰もが納得する賃金決定の方法とは!?

2022年4月25日(月)

  レーブだ。

 

 物価が上昇している。ウクライナが泥沼の様相を呈していることに加え、円安が輪をかける。デフレ脱却は望ましが、それも賃金アップが期待されるからだ。ところが、日本の賃金は先進国の中で最低ランクとなって久しい。いったん、賃金がどのようにして成立しているのか整理した上で、新たな方策を提案したい。

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 知っているとは思うが、賃金は個人の頑張りや実績でどうこうできるものではない。細かいことを抜きにすれば賃金を決定する要素は、①雇用主側と従業員側との長きにわたる闘争の結果、②業界ごとに存在する相場、③公平に払わなくてないけないという考え方、の3つだ。つまり、前後左右上下とがんじがらめになっていて、そう簡単に動かせるものではないのだ。

 この硬直化した賃金制度を突破するために、「個人の実績に基づくべき」という考え方がある。その最たる仕組みが「業績評価制度」だ。しかし、体験した誰もが賛同してくれると思うが、業績を評価するというのは案外難しいものだ。数値で表しにくい貢献度もある。客観的に測定できる「物差し」は存在しないし、仮に存在したとしても、不正に趣旨が歪められるおそれがある。営業による売上げを評価するとした場合、無理やり顧客に商品を売りつけてしまうことになりかねない。また、賃金の源は組織の収益だが、組織内でパイを奪い合うと組織全体で収益を上げる方向と逆向きになりかねない。

 

 ②の業界別相場は動かしやすいと思えるかもしれない。現代ではIT業界がモテモテだ。有能なエンジニアがケタ違いの収益を得ることだってある。そこへ競合する企業が優秀な人材をヘッドハンティングしようと契約金を吊り上げれば、相対的に賃金が上がっていく。

 しかし、雇用主側にも対抗措置がある。一例が「引き抜き禁止協定」だ。アップルのスティーブ・ジョブズとグーグルのセルゲイ・ブリンとの間で協定が結ばれ、シリコンバレー全体のルールとなったこともあった。雇用主がこうしたルールを採用していると、求人数は高水準であっても賃金の伸びは停滞してしまう。また、合併を仕掛けられた場合は、引き抜き自体が存在しなくなる。

 さらに、現代の株主資本主義においては、株主という「ビッグボス」が存在する。株主の意向に反する行為をとれば制裁が下される。米国最大手の小売り業者ウォルマートが従業員の昇給を決めた時、株主は一斉に同社の株を売り払い、四半世紀で最大の下げ幅を記録することとなった。

(ジェイク・ローゼンフェルド「給料はあなたの価値なのか」みすず書房

 

 硬直化した賃金制度は「ブルシット・ジョブ」を増殖させる。ブルシット・ジョブとは、無意味で不必要な雇用形態を言う。電子メールのやりとり、無用な会議、管理業務等の中にブルシット・ジョブが潜んでいる。現代は「情報」に価値があるとされる。このため、情報を扱う労働が最も価値があるものとしてもてはやされる。金融関係が代表選手だ。行政機構もそうだ。全員がそうとは言わないが、彼らは自ら仕事を作って「存在価値」を維持しようとしている。

 一方でシット・ジョブとは労働環境が劣悪な「きつい仕事」だ。賃金はおよそ低く抑えられている。しかし、物を生産したり、後片付けをしたり、人のケアをしたりとその内容は極めて有用なものだ。

 このように仕事の有用性と報酬には反転した関係がある。社会に便益をもたらす人間は多くの報酬を受けてはならぬという倒錯した平等主義が根底にあるのだろう。まさに硬直化した賃金制度がうってつけの世界だ。そして、その外側で、「価値」や「実績」を自ら表現することが容易なブルシット・ジョブが幅を利かせることとなる。

(デヴィッド・グレーバー「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」岩波書店

 

 対策は容易ではない。ヒントは岸田内閣の下で設置された「公的価格検討評価委員会」だ。ここでは、看護、介護、保育、幼児教育などで働く人の収入を増やす方策が検討されている。これらの賃金は財源が公的制度により賄われているので検討しやすい。これをヒントに、他の職業も同様に、業態ごとに最低賃金を決定する場を国に設けるべきだ。「春闘」のような「労使自治」を大事にしたい人もいよう。しかし、交渉は厳しいし、社会保障制度と一体的な議論も欲しいところだ。(後藤道夫ら「最低賃金1500円がつくる仕事と暮らし)

 最低賃金を上げることに対する雇用主側や株主の反発は大きい。しかし、十分な給与を受け取る従業員は満足度の高い忠実な従業員となり、生産性も上がる。また、最低賃金の引き上げは自殺率の低下をもたらす。最低賃金を上げることによって人の尊厳を維持できるのだ。最低賃金に近い賃金で働く労働者の数が大幅に増加している現在、社会の活力を取り戻すためにも、今こそ国家的対応が求められている。