2020年3月30日(月)
レーブだ。
国会はコロナ一色だ。
昨秋の時点では「高年齢者雇用安定法改正案」が提出されるという話もあったがそれどころではないな。だが、今一度、この政策の方向性を検証してみたい。
これは、希望する高年齢者が70歳まで働ける環境づくりを進める法案だ。70歳までの雇用が努力義務とされる。
人口が減少していく我が国で、労働力を確保するための一手段として歓迎する向きもあるだろう。また、老後の生活資金に不安を抱える人にとっても朗報と言える。「生涯現役」となれば、生きがいもうまれる。健康でいられる確率も高まるだろう。
しかし、課題も多い。
一つは純粋に、加齢に伴う能力の低下だ。体力の低下は論を待たないし、期待もされていない。「人間拡張」というオプションはあるだろうが。
問題なのは、「認知機能」だ。認知症に至らなくても、少なくとも認知機能の低下は避けられない。ここでいう認知機能とは、言語性記憶、作動性記憶、運動機能、言語流暢性、注意機能、遂行機能、空間認知機能をいう。(林愛理「6つの脳波を自在に操るNFBメソッド」講談社+α新書)
一時期、高齢者ドライバーによる事故が相次いで起き、話題となったが、注意機能や空間認知機能の低下が原因だ。いくつかのことを同時に考えていると「あれっ?今、自分は何をしようとしてたんだっけ」と分からなくなる経験をしたことはないだろうか。あるいは、歩いていてぶつかると思っていなかった手や足を壁やドアにぶつけて痛い思いをしたことはないだろうか。
また、「キレる高齢者」については、言語流暢性が低下している可能性がある。言葉でうまく表現することができず、つい感情的になってしまうのだ。赤ちゃんが泣くのと同じだ。左脳が女性ほどに発達しておらずコミュニティづくりが不得手とされる男性が心配だ。
日本の刑法犯が減少傾向にある中、65歳以上の検挙人数は平成の30年間で約6.8倍に増加した(19年版犯罪白書)。高齢者人口の増加はせいぜい2倍強だから、驚異的なペースと言える。原因はいろいろあるだろうが、認知機能の低下も影響しているのだろう。
前置きが長くなったが、こうした能力の低下は、備えのある職場でなければ適応が困難だ。労災事故にあった4人に1人が60歳以上で、件数は全国で3万3000件に上るというデータもある。1日当たりに換算すると約90件だ。高齢者の雇用リスクを恐れる事業所もあるだろう。
人事部にとっても頭が痛い。これからの環境変化を踏まえての将来必要な人材構成と、現状の年齢分布や退職率を前提とした場合の人材構成とのギャップを埋める手立てを考えなければならない。(三菱UFJリサーチ&コンサルティング「2020年 日本はこうなる」東洋経済新報社)
高齢者は経験も豊富でプライドも高い。自分より年下の上司の指示に素直に従えるだろうか。衝突が生じれば高齢者が職場で孤立する可能性は高い。
かといって、独立・起業も容易ではない。起業家の採算状況を年代別にみると、60歳以上だと55.6%が赤字だ。40代(40.8%)、39歳以下(27.0%)と比べると不安はぬぐえない。そして、高齢者には、失敗から学んで成功への経験値をためるだけの猶予はさほど残されていない。
(NIKKEI BUSINESS 2020.02.17)
八方塞がりだ。この状況を突破するためには、「現場にお任せ」ではだめだ。一人一人の高齢者に即したきめ細かな支援形態を作るべきだ。
具体的には、「高齢者メンター制度」(仮称)を導入してはどうか。ここでは、同一職場で働き続けることを前提としない。一定の雇用期間をもち、かつ、70歳までの雇用に至らなかった高齢労働者について、事業所はメンターに一定額の「支援費用」を渡し、引き取ってもらう。
メンターは、心理的サポートを行いながら、高齢者の希望を踏まえた職場のマッチング支援を行う。継続的に支援する中で、いくつかの職場経験を経て最適の職場を一緒になって模索していく。
もちろん、「働かない」という選択肢もOKだ。その場合は、地域のコミュニティによる活動につなぐことが有効だ。そして、メンターは人頭割とする。つまり、1人のメンターがある地域において複数の高齢者に対応する。個人個人の性格を見極めながら、担当する高齢者どうしを引き合わせてもよい。
経費については、前述の「支援費用」に加えて、既存の福祉関連事業費を再編統合して捻出する。
以上のように、職場や地域との「関係をつなぐ」機能を地方自治体ごとに作るべきだ。これまで家族が担ってきた機能の外部化として一考に値する。
「シニア労働力」や「シルバー消費」への過剰な期待を抱くべきではない。高齢者の生きがいを最優先に考え、将来世代に明るい未来像を示すことが重要ではあるまいか。