ヤングケアラーに忍び寄る健康危機。「必ず生きて帰る!」

2021年5月24日(月)

 ハルです。

 

 「ヤングケアラー」について、17日、厚生労働省文部科学省のプロジェクトチームが支援策をまとめました。ヤングケアラーとは、家族に病気や障害などケアを要する人がいるために、家事や家族の世話などを行っている18歳未満の子どもを言います。今回、政府がスポットライトを当てたことで、その存在が広く知れ渡りました。

 実数は把握されていませんが、宮川ら(2021)の調査では大阪府立の高校生4,509人のうち1.0%が幼い兄弟のケアを、5.2%が家族のケアを担っていました。

 そして、彼らの不満感や健康感(体がだるい、リラックスできないなど)は、そうでない人と比べ高くなっています。若いから大丈夫と無理を重ね、ついには自らの健康まで損ねてしまいかねません。ヤングケアラーの健康が問題です

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 ヤングケアラーが置かれた境遇には、その後の人生と合わせて、他の人よりも健康が損なわれる、より大きな可能性が潜んでいます。なぜならは、健康は低学歴、不安定な雇用形態やセーフティネット、社会的孤立といった要因に左右され、これらいずれもが当てはまってくるからです。(小塩隆士「日本人の健康を社会科学で考える」日本経済新聞出版) 

 「ライフコース・アプローチ」は、成人期における疾病の原因を、胎児期や幼少期、その後の人生をどのような環境で過ごし、今に至ったかに注目する考え方です。これによると、教育や学歴は極めて重要な要素です。具体的には、学歴による健康格差は男女ともに加齢に伴って拡大傾向を示します。特に高卒かどうかが分かれ目のようです。

 ヤングケアラーの場合、学校で欠席や遅刻が多くなりがちです。勉強時間も制約が生じるでしょう。内申点にも影響します。家計を助けるため進学をあきらめる人もいることでしょう。

 

 就職後も「非正規雇用」となると厳しい状況が待っています。就職氷河期世代に関する研究によると、男性の場合、最初に就いた職が不安定だと年収が100万円以上低くなり、経済的にも不安定な状況に置かれ、未婚の確率も高くなります。女性の場合は、より直接メンタルヘルスに影響します。そして、不健康感は正規雇用者よりも2割程度高くなります。さらに、正規雇用でない場合、セーフティネットから外れる確率が上がります。公的年金に加入していない人の健康感はより低く、抑うつや不安の度合いが強くなります。 

 

 「社会参加」も健康に影響します。自治会や趣味活動など何らかの形で社会と関わる社会参加活動には糖尿病や脳卒中の発症リスクを抑制する効果があります。 

 ヤングケアラーは「孤立」することが多くなります。就職などで同級生と道行きが異なれば、つながる友人の数は絞られてきます。抑うつの度合いを示す「K(ケッスラー)6スコア」を用いて比較すると、社会的に孤立している人や一人暮らしの人は統計的に高くなります

 「最近ではSNSがあるから、社会参加しやすいのでは」と思われるかもしれません。SNSでは多くの人とつながって生きているという思いが強まりますし、実際、SNS上の友人が多いほど健康感は良好となります。ただし、若者の場合、つながる友人が少人数だと全くつながっていない状況とあまり変わらないみたいです。

 さらに、ケアの対象者である親が高齢化してますます介護が必要となり、孤立の度合いが強まるおそれがあります。「家族介護」は男女ともに最大のメンタルリスク・イベントです。

 

 こうしたことから、ヤングケアラーにはできる限り早期からの支援が必要です。子どもへの気づきや声がけができる学校、ケア対象者の支援を通じてヤングケアラーの存在を把握できる保健師や福祉関係者、それぞれが情報を共有し、できることを組み合わせる必要があります。支援内容は、ヤングケアラーが安心して話せる環境を用意し、適切なアセスメントを行い、ケアの量を減らすことです。

 先進事例としてイギリスの取組が挙げられます。イギリスでは地方自治体にヤングケアラーのニーズ・アセスメントを行うことを義務づけています。ここでは、ケアの内容を家事から金銭面・実用面のやりくりまで幅広く把握した上で、彼らが何に困っているのか自分の言葉で回答させることによって、きめ細かな支援につなげています。相手は何といっても「子ども」です。支援側の当たり前が彼らにとっては当たり前でない可能性があります。(澁谷智子「ヤングケアラー」中公新書

 

 私たちは「親子なんだから当然でしょ」とヤングケアラーの行っていることを、自然なものと受け止めてしまいがちです。しかし、今や家庭の問題は社会全体の問題となりつつあります。格差が大きい社会ほど平均寿命が短くなる傾向があります。必要な支援を届け、負担感を減らして「彼ら」の健康を守ることは、実は「私たち」の健康を守ることになるのです。