2019年6月10日(月)
ハルです。
アンチエイジングがさかんです。美容だけでなく元から治す、ということで、関連する食品やケアなどがメディアに登場しています。
シミ予防のため夏は肌温を下げて炎症を鎮める「冷やし美容」、記憶力の維持のため脳の血流を促し炎症を抑える機能性表示食品、全身の健康維持に役立つ「腸活」の代表選手であるビフィズス菌入りのヨーグルトなどなど、例を挙げるときりがありません。(2019-6日経ヘルス)
人は様々な欲望を満たすべく活動を続けてきましたが、究極の欲望の一つに「不老不死」があります。歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は『ホモデウス』(河出書房新社)の中でこう指摘しています。「前例のない水準の繁栄と健康と平和を確保した人類は、過去の記録や現在の価値観を考えると、次に不死と幸福と神性を標的とする可能性が高い。」
経済的な成功を収めた人の多くが目指す方向ではないでしょうか。
平均寿命は今も延び続けています。先進諸国では80歳を超えることが多くなっています。人類の最大寿命は現在のところ120歳程度と考えられています。出生記録を確認できる最高齢者は122歳で亡くなったフランス人女性です。
【男女の平均寿命(2016年)】(世界保健機関(WHO))
日本 84.2
フランス 82.9
イタリア 82.8
韓国 82.7
イギリス 81.4
ドイツ 81.0
アメリカ 78.5
中国 76.4
ロシア 71.9
世界平均値 72.0
そして、今、人類はこの究極の挑戦を本格化させています。
アメリカでは不老長寿を追求する機運が盛り上がっています。米国立衛生研究所(NIH)の傘下にある国立老化研究所では予算を増やして基礎研究を進めています。
名だたるIT企業も黙っていません。アマゾンのジェフ・ベゾス氏らが出資しているベンチャー企業やグーグルが立ち上げたベンチャー企業も老化研究を行っています(週刊東洋経済2019.4.20)。遺伝子工学レベルでの研究も進められていくことでしょう。
背景には「老化」を防ぐことができるかも、という期待が高まっていることが挙げられます。「老化」は単なる自然現象ではなく、体内の「炎症」によって引き起こされていることが明らかになっています。 そして、がん、心筋梗塞、脳血栓症、関節リウマチなども、慢性的な「炎症」によって引き起こされるとされています。
すなわち、「炎症」を抑えることにより、こうした病気の予防、ひいては老化の防止につながると考えられているのです。(後藤眞「老化は治せる」集英社新書)
ここでふと思います。私たちはこの究極の挑戦を続けていってよいのでしょうか?
正直、いつまでも若々しくいられることは嬉しいです。しかし、これは個人レベルでの話です。家族的には、社会的にはどうでしょう。「不死」についてはさすがにSFの世界に譲ることとして、ここでは「平均寿命120歳の世界」を考察してみます。
まず、人口は増えます。平均年齢が80歳のところ120歳まで伸びるとしたら1.5倍です。不慮の事故死や出生数の減少もあるでしょうから実際は「1.数倍」といったところでしょうか。
資源の消費スピードが加速します。みんな元気なので食糧、エネルギーが大いに消費されます。地球環境を守ることが難しくなります。
みんなに行き渡らない場合は資源の奪い合いが始まります。元気なので話し合いによる解決に応じにくくなるかもしれません。そして、いったん所有した場合はその権利が長く(今の感覚でいう数世代分も)続きます。
生産年齢期間(15歳~65歳)が延びます。仮に「1.数倍」を掛けたとして、20歳から90歳までといったところでしょうか。
労働力を十分確保することができます。消費量も多くなりますが、その分を補うだけの生産量を期待することができます。労働市場では経験豊富な人が増え、1人当たりの生産性は上がります。
その分だけ未熟な労働者は不要になります。輪をかけて、AIやロボットが発達すれば労働力がますます余ります。1人当たりの賃金は低くなるでしょう。
ちなみに、年金制度は保険料を払う期間と年金給付の期間をリバランスする必要があります。1人当たりの所得が低くなれば、保険料も高止まります。給付開始時期を遅くすることになります。100歳を超えるかもしれません。もはや、制度が成り立たないでしょう。
地位はどうなるでしょう。上の立場に立つ人はいつまでも退場しないでしょう。美人女優はいつまでも一線で活躍したいと思うでしょう。活躍の場所を増やすことができればいいですが、そうでない場合は熾烈な争いが待っています。
また、伝統や過去の成功体験を重視する人が増えます。同じ社会で新しいことにチャレンジすることが難しくなります。世の中の変化がスローになります。
家族の関係も微妙になります。親子なのか兄弟姉妹なのか見分けがつきにくくなります。60歳の親が孫のような子供をもうけることもできます。
世の中がよりフラットになり、年上・年下という感覚が薄くなります。世代という概念も薄まるでしょう。
こうしてみると諸手を挙げて歓迎するというわけにもいきません。不安要素もかなりあります。
現在進められている研究の果てにこのような世界が誕生する可能性があります。それが本当に望ましい姿と言えるかどうか、今一度、国民レベルや国際レベルでの議論を行っておくことが必要です。そして、仮に望ましくないとするのであれば、研究成果の活用を限定するルールを模索しておくことが重要です。
私たち人類の存在意義が問われる前にしっかり備えておきましょう。