遺伝子検査は手相占い!?過大評価にご注意

2019年11月4日(月)

 ハルです。

 

 私たちは得てして自分のことを「平均以上」と思っています。また、能力の低い人が実際よりも高い自己評価を行うことがあります。「ダニング=クルーガー効果」と呼ばれています。今後、そのような「誤認」が無くなっていくとしたらどうでしょう?

 

 今や手軽に遺伝子検査を行えるようになりました。唾液や口内の粘膜を採取して送り返すだけで検査できます。解析のレベルも向上しています。特筆すべきは、疾患に関することだけでなく、その人の性格・能力までも判定できるようになったことです。外向的なのか内向的なのか、勤勉かどうか、政治経済への関心は高いか低いか。さらには、こうしたことからその人の交友関係、仕事への適性や才能なども判定されてしまいます。(AERA 2019.7.29)

 

 これは驚くべきことです。本人にとって嬉しい結果ならいいでしょう。やる気もわいてきます。検査結果をきっかけにキャリアを振り返ってみたり、自分の強みを認識して頑張る原動力にしたりできます。でも、逆の結果だったらどうでしょう。「しょせん占いみたいなものだよ」と受け止められればよいのですが、遺伝子から調べたと聞くと、相当程度の確率で当たる「占い」に思えてしまい、ショックを受けるかもしれません。

 

 検査する、しないはあくまでも自身の判断ですので、自己責任の範疇です。また、リスクを把握することで対処方法を考えることができる、とポジティブに捉えることもできます。しかし、このことはある危険をはらんでいます。すなわち、遺伝子でその人の将来が決まってしまうという観念・理解が定着するおそれがあることです

 

 研究によると、音楽の才能は92%、スポーツの才能は85%、成人期初期の知能指数IQは66%が遺伝の影響とされています。さらに、若い時期の遺伝的個人差は限定的であるけれども、30代、40代と歳をとるにつれて遺伝的個人差が発揮されやすくなり、収入のばらつきも大きくなるとされています。大人になると小さい頃の顔つきが変わって親の顔に似てくるという現象がまま見られるのもそのせいでしょうか。

 

 「残酷」な遺伝にまつわる話を掲載した書籍も人気です。安藤寿康氏の「遺伝子の不都合な真実」(ちくま新書)では、「行動にはあまねく遺伝の影響がある。」、「年齢が上がるにつれて遺伝の影響が大きくなる」と行動遺伝学の原則が紹介されています。「新奇性の追求」に関しては、日本人はアメリカ人と比べてほとんど見られない、と人種間の相違にも触れられています。橘木俊詔氏の「言ってはいけない」(新潮新書)では、「子どもの人格や能力・才能の形成に子育てはほとんど関係ない」とされています。

 

 身も蓋もない話です。「どうせだめなんだ」と早いうちから諦める人もいるかもしれません。教育者からすると生徒の指導に力が入らなくなるかもしれません。

 遺伝子的に誰が優れているかという考え方が定着するおそれがあります。優生保護の復権です。その昔、数学者のピアソンは、白人の優秀な遺伝子を守ることは劣等人種との闘いであると公言しました(宇山卓栄「『民族』で読み解く世界史」日本実業出版社)。こうした考え方はアメリカの移民法における生殖管理政策やドイツのナチスにも影響を与えました。

 リスクに備えるため、親など血縁者の遺伝性疾患を知ろうとするでしょう。スウェーデンでは、自分の出自を知る権利が法的に守られています(小林亜津子「生殖医療はヒトを幸せにするのか」光文社新書)。果てには、遺伝子操作を求める人も現れるでしょう。「クリスパー」というゲノム編集技術により「腐りにくい野菜」の開発が成功しています。人間への応用は時間の問題でしょう(小林雅一「ゲノム編集とは何か」講談社現代新書)。行き過ぎた遺伝子信奉は、人間社会を根底から覆す可能性があります

 

 別の観点の問題として、遺伝子検査結果が他者に利用されるということも起こり得ます個人情報保護法はありますが、果たして、知りたいという欲求を抑えきれるでしょうか。疾患に関係する情報はもとより、能力に関する情報への欲求はさらに大きくなると考えられます。人事担当者であれば採用や配置を検討する上で参考になります。結婚相手を選ぶ際にも欲しい情報でしょう。

 違法なビジネスがまかりとおることがあってはなりません。 アメリカでは「遺伝子情報差別禁止法」により、結婚や就職で差別を受けることを禁じています(最相葉月「理系という生き方」ポプラ新書)。国内法に穴がないか、総点検が必要です。

 

 大事なことは、人生には遺伝的要因だけでなく、環境要因や後天的要因があるということです。また、仮に遺伝子上の一部が優れているからといって即、今の社会や将来の世界で成功が約束されている訳ではありません。人間社会が複雑になればなるほど乗り越えなければならない要素も増えていきます。そして、ヒトも含めた生物は環境に応じて変化を果たしてきたことも忘れてはなりません。書籍や報道もぜひこうした事例をピックアップして、私たちが遺伝子情報を「過大評価」しないような情報発信をしてほしいと思います。

 

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