「日本版民主主義」に与えられた試練・・・コロナ✕オリンピック!

2021年7月12日(月)

 ソシエッタです。

 

 東京オリンピックの開催まであと11日となりました。一方、4回目の緊急事態宣言が出されたことに伴い、西村経済再生担当大臣が、酒類の提供を止めない飲食店について、金融機関からの働きかけを示唆したことが大きな波紋を呼んでいます。

 新型コロナウイルス感染症は日本の「民主主義」の弱点を浮き彫りにしました。自粛要請と経済対策の葛藤、ワクチン接種の優先順位をめぐる諍い。何が問題なのか、これからの日本はどうすべきか、考察してみます。

 

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 民主主義(デモクラシー)の語源はギリシャ語の「デモクラティア」=デモス(人民)+クラティア(制度)です。民主主義は全ての人に権利があることを前提とします。でも、その全てがかなえられることはありませんベンサムのいう「最大多数の最大幸福」を目指しつつ、みんなで富や権力を分かち合うシステムなのです。(宇山卓栄「世界史で学べ!間違いだらけの民主主義」かんき出版)

 古くは、古代ギリシャアテネによる直接民主制が有名です。でも、全員参加型の政治スタイルは現実的ではありません。アテネでも政治に関心を持ち、しかも、兵役を担う「市民」が「民会」に参加していました。

 また、いきなり民主制が登場するものでもありません。国家の発展段階においては人が人を支配をしながら国力をつけていく必要があります。統一ドイツの宰相ビスマルクはエリートによる寡頭政治を理想としました。

 そうして、国家が成熟すれば、民主化への道が開けます。マルクスによれば、政治や文化は、社会の深層にある物質的経済要因の上に現れます。フランシス・フクヤマは、年収100万円付近が民主化が可能となる一つの目安としています。

 しかし、民主制は「ポピュリズム」と表裏一体です。いざ普通選挙法が行われると、民衆は「耳障りのよい」ことを言ってくれる政治を好みます。また、富や権力の「分かち合い」が制限されるパラドックスに陥るのです。

 こうしたポピュリズムへの反発からエリート民主主義の待望論も根強いです。民衆の能力には限界があるため政治のコントロールを任せてはいけないとする考え方です。特に新型コロナ禍のような危機に際しては、強いリーダーシップが求められます。エーリッヒ・フロムは、人々は従属や依存を求めて権威に服従するとき、自分自身が権威であるかのような錯覚を抱くとしました。この理論は、ヒトラーが率いるナチスに利用されました。民主主義は独裁制の危険性もはらんでいるのです。(本村凌二「独裁の世界史」NHK出版新書)

 

 以上が民主主義に関する大まかな論点です。そして、日本の弱点は、政治よりも経済が優先され、実際、経済成長が驚異的に進んだため、民主制を国民レベルで丁寧に議論する時間が無かったことです。一方の国民も、1億分の1人でしかないという立ち位置から、政治へのリアリティを持つことはありませんでした。

 そもそも、戦後から続いているアメリカへの強い依存状況の下では、自国を自分たちの手で守り、育てていくという意識が育ちません。すると、自己の利益を最大にすることが互いに容認されることとなります(白井聡「主権者のいない国」講談社)。

 古代ギリシャでは、私利私欲が優先され、善行が馬鹿にされるようになる中、伝染病や敗戦で政体が混乱を極め、最終的にアレキサンダー大王率いるマケドニアに征服されたのです(中村聡一「教養としてのギリシャ・ローマ」東洋経済新報社)。

 

 新型コロナウイルス感染症に対し、イギリスでは外出制限を国民に課す対策を行いました。国民に社会契約論の論理が徹底していて、法を定める自由と法に従う義務が機能したのです。

 日本でこのような手法を採れない理由はもうお分かりでしょう。「民主主義」に対する共通理解が浅い中、「人権」という一言に立ちすくみ、身動きがとれない状況に陥っているのです。危機に際し、国民に説明を尽くし、説得や決断を行うことができないのです。一方の国民は、緊急事態宣言などどこ吹く風と日常生活を楽しんでいます。(西田亮介「コロナ危機の社会学朝日新聞出版)

 

 改めて、日本人一人ひとりに「民主主義」が問われています。必要なのは、社会的な責任を果たそうとする意識です。どんな政治体制であれ、全ての社会は時間が経てば衰退します。でも、民主主義の強みは、誤りを認め、自ら修正できることです。(フランシス・フクヤマ「政治の衰退」講談社

 新型コロナウイルス対策は、極めて内国的な取組と言えます。東京オリンピックパラリンピックという世界的イベントを抱えながらも苦しみを乗り越えることは、日本としての成長につながります。政府はポピュリズムにもエリート民主主義にも陥ることなく、ひたすら「国民を守る」という断固たる姿勢を貫くべきです。

 今、日本の民主主義の真価が問われているのです。