2022年11月28日(月)
ソシエッタです。
サッカー・ワールドカップが盛り上がっています。優勝カップを手にするのはどの国でしょうか。とても楽しみです。
現代社会の勝者は「国」ではありません。「ストーリーテラー」です。「ストーリーテラー」とは、文字どおり「物語の語り手」です。狩猟採集民族では長老がストーリーテラーです。優れたストーリーテラーのいる集団は結束力があり、他の集団よりも機能します。
人はストーリーから学び、社会を形成してきました。コミュニケーションの重要な目的は、他人の心に影響を与えてなびかせることです。その際、ストーリーは有効な手段となります。同時に人はストーリーに適合するように進化してきました。脳は無防備にストーリーを受け入れます。理性が敗北する時は大抵ストーリーによってです。
トランプ大統領が登場した時、彼は「強いアメリカ」というストーリーを引っ提げました。その主張には、メキシコとの国境に壁をつくるなど危ないものが多かったのですが、支持する国民は決して少数ではありませんでした。
TVドラマはいつも人気です。人を魅了してやまないのはそこにストーリーがあるからです。勧善懲悪の度合いが高い番組ほど視聴率は高くなります。フィクションは、途中でものごとがどんどん悪くなって最後に好転し、ハッピーエンドになるのがお決まりのパターンです。このため、フィクションをたくさん視聴する人は、自分が「良い世界」に生きていると感じています。
危険です。ストーリーに視聴者を迎合させる研究がなされています。感情と生理反応には関係があります。恐怖を感じれば汗をかき、呼吸が乱れます。逆に、生理反応からコンピュータが心をマイクロ秒のレベルで読み取り、感情を誘導するよう、オーダーメイドのストーリーを提供できるようになります。デジタル・ストーリーが人心を操作するのです。(ジョナサン・ゴットシャル「ストーリーが世界を滅ぼす」東洋経済)
既にデジタル・ストーリーは従来のメディアを破壊しています。顕著なのは新聞や雑誌です。新聞の発行部数はこの20年間で4割減です。コンビニの売上に雑誌コーナーが占める割合は、2002年の7%をピークに年々低下し、今では1%程度です。
代わりに、新聞や雑誌のデジタル版やオンラインニュースが席捲しています。これらに影響を与えているのがSNSの存在です。新聞や雑誌は記者数が限られ、会社の経営が必要です、SNSでは書き手が多く、経営なんて考える必要はありません。そして、SNSはストーリーを提供します。根拠不明であろうが、真偽不明であろうが、面白いものは面白いのです。(小倉健一「週刊誌がなくなる日」ワニブックスPLUS新書)
このため、事件や事故が発生して、記事にするためにまず優先されるのはSNSのチェックです。画像は早く確保しないと、他の新聞社やテレビ局に持っていかれます。何人もの記者がパソコンにかじりつくことになります。事件が発生した近所での「聞込み」なんてのは死語になりつつあります。
また、デジタル版では、ニュースの価値判断より、速報性や話題性が最優先されます。とにかくアクセス数を稼ぐことが重要なのです。デジタル版ランキング上位のニュースは、①事件・事故の速報、②タレントや有名人のスキャンダル、③事件・事故のワイドショー的な周辺記事です。ネガティブな情報は関心を引きやすいのです。悲しいことですが、「他人の不幸は密の味」なのです。
(坂夏樹「危機の新聞 瀬戸際の記者」さくら舎)
このようにして、デジタル・ストーリーは既存のマスコミをシステムごと破壊し、君臨します。提供されているストーリーはどこまで真実か分かりません。不安定さが増幅します。でも、読み手は気にしません。大事なのは、「ストーリーとしてよくできているかどうか」だからです。そして、「ストーリーテラー」は世界の支配者になります。しかし、短命です。皮肉なことに、デジタルは多数の「ストーリーテラー」を生み出すことを可能にします。頂点をめぐる争いが絶え間なく起こります。この結果、社会は劣化していきます。社会を発展させてきた「ストーリー」が、今度は社会を滅ぼすのです。
対抗手段は容易ではありません。欧州連合や米国は、フェイスブックやツイッターなどにフェイクニュース対策への協力を要請しました。世界にはファクトチェックをする民間団体が200以上あります。でも、焼け石に水です。
一人ひとりの鍛錬が大切です。ストーリーに容易に支配されない「心」を身に付けるのです。ローマ五賢帝の一人、マルクス・アウレリウス・アントニヌスは、宮廷内のいざこざや外国との戦いの中で、自らの思考を『自省録』に著し、外化することにより、「ぶれない」自分を保ちました。日記などがいいでしょう。ぜひ試してみてはいかがですか。