「合成生物」は環境問題の救世主となるのか

2023年3月27日(月)

 エンヴィです。

 

 20日、バイオベンチャー企業のちとせグループが、世界最大規模となる藻類生産設備をマレーシアで稼働したと発表しました。排気ガスを燃料に変える試みです。環境問題の解決はいずれも簡単ではありませんが、ひょっとしたら、「合成生物学」が突破口を開いてくれるかもしれません

 

 「合成生物学」はバイオテクノロジーなどの様々な研究を統合して生命を理解しようとする学問です。大いに期待されているのが、ゲノム編集を使って人工的に生命を作り出すことです。「クリスパー・キャス9」というゲノム編集は、可能性を一気に広げてくれました。簡単に言えば、DNA切断酵素という「ハサミ」を用いて一部のDNAを入れ替えることです。この方法を開発したダウドナ氏らは2020年にノーベル化学賞を受賞しています。

 ゲノム編集は、遺伝配列を変えるという点で、これまで批判の的にさらされてきた遺伝子組み換えと同じように見えますが、もともとバクテリアに備わっていた防御機構を利用したものであって、自然界で起こる変異と同じレベルの安全性だとされています。このため関連業界では、遺伝子組み換えからゲノム編集にシフトし始めています。2020年に「合成生物学」のスタートアップ企業に投資された金額は80億ドルにも達しています。(平野博之「物語遺伝学の歴史」中公新書

 

 では、「合成生物学」はどのように環境問題を解決してくれるのでしょうか。

 例えば、二酸化炭素の吸収効率をアップさせた樹木を成長させれば、温室効果ガスである空気中の二酸化炭素を減らすことができます。クラゲが出すゼリー状の粘液は海洋を漂うマイクロプラスチックの回収に役立ちます。「イデオネラ・サカイエンシス」という微生物はプラスチックをエサにします。冒頭のケースのように、藻類を活用して燃料を作ることができます。人工のバイオマシン植物に糖分を与え、副産物としてエネルギーを作らせるという「生物バッテリー」の実現も夢ではありません。

 環境と関係の深い食料・農業問題の解決にも一役買います。人工葉と細菌を組み合わせると、空気中の二酸化炭素と窒素を有機化合物に変えてくれます。ここから有機肥料を作ることができれば、もはや化学肥料を使う必要はなくなります。害虫、病気、雑草対策に使えるRNA農薬が登場すれば、農業の効率は一段と上がるでしょう。

 ゲノム編集で植物性タンパク質を強化して人工肉を合成することもできます。カゼイン遺伝子を微生物に加えて作ったタンパク質で、牛乳を使わないヴィーガン・チーズが生まれます。

 「合成生物学」はデジタル社会にも恩恵をもたらします。DNAは情報のハードディスクです。わずか1グラムのDNAにDVD2億枚分以上の情報を入れることができます。世界中のデジタル情報が、たった9リットルの溶液に納まるのです。データサーバーは膨大な電力や水を必要としますが、「DNAストレージ」ならこれらを節約できます。

(エイミー・ウェブら「The Genesis Machine」日経ナショナルジオグラフィック

 

 いいことづくめのようですが課題もあります。一つは倫理面です。2019年、厚労省はゲノム編集食品を品種改良と同じとみなし、国内で販売・流通の届出制度を開始しました。市場に登場した「22世紀ふぐ」は満腹感に関わる遺伝子を破壊し、餌を食べ続けて巨大化したトラフグです。アメリカの遺伝子組み換えサーモンでは、成長を速められ胃が破裂するケースが頻発したそうです。無理やり太らされることは動物福祉の観点から問題です。

 安全性の問題を指摘する声は尽きません。ゲノム編集は本当に品種改良と同じなのでしょうか。品種改良は人為的とはいえ、偶然に生じた雑種を選んで育てたりしたもので、相応の年月をかけています。「二十世紀ナシ」は、少年がゴミだめで生え育ったナシの幼木を見つけ、自宅に持ち帰って育て、10年後に実を付けたことから広まりました(竹下大学「日本の品種はすごい」中公新書)。

 遺伝子という生物の根幹から変えて作られた食品を口に入れて大丈夫なのでしょうか。新型コロナではmRNAワクチンが登場しました。その野菜バージョンである「食べるワクチン」の開発が進められています。みなさんはワクチンレタスを食べたいですか。(堤未果「ルポ食が壊れる」文春新書)

 

 生物は複雑です。そして、生態系への影響や人類の未来への影響についても考慮する必要があります。待ったなしの環境問題ではありますが、多くの人に受け容れてもらえるよう、「合成生物学」を管理する世界標準を早急に確立する必要があります