ウイルスが潜む生態系の奥深さ

2022年1月10日(月)

  エンヴィです。

 

 オミクロン株の流行が止まりません。今年もしばらくは新型コロナウイルス感染症との駆け引きが続きそうです。

 感染症が怖いのは、どこから来て、どのような動きを見せ、どこへ行くのか全く「見えない」ことです。人は目に見えないものに恐怖を感じます。一方で、人は「見えない」ことを言い訳にします。その一つが、「知らず知らず」環境に負荷を与えていることです。感染症のうち人獣共通感染症」と呼ばれるものは、人類による環境負荷がもたらしているものなのです。今、必要なのは、「見えない」ものを「見る」姿勢です。

 

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 実は、新型コロナウイルスよりも「鳥インフルエンザH5N1」のほうが怖いです。一般にウイルスなどが動物種を超えて感染することは稀なのですが、突然変異によって「H5N1」がヒトーヒト感染に適応した場合、最「凶」の殺人ウイルスとなる可能性があります。現在知られているヒトの感染症の6割は、異なる動物種の間を行き来しているか、最近になって他の動物から人間に伝播したものです。ラッサウイルスはネズミなどのげっ歯類から、野口英世が罹った黄熱病の黄熱ウイルスはサルから、麻疹(はしか)は家畜化された羊やヤギから、エイズを引き起こすHIV-1ウイルスはチンパンジーから飛び移ってきたものです。(デビッド・クアメン「スピルオーバー」明石書店

 新型コロナウイルスの由来となった宿主は分かっていません。コウモリやセンザンコウなどの野生生物から似たウイルスが見つかっていることから世界保健機関(WHO)は、動物から中間宿主を経由して伝播したルートを有力視しています。もし、本当に動物由来だとしたら、根絶することは不可能と考えた方が良いでしょう。親戚筋にあたるSARSやMARSも根絶できていません。根絶できたウイルスに天然痘やポリオが挙げられますが、理由は人体以外の場所では生きていけないからです。

 熱帯熱マラリアは年間50万人もの人を死に至らしめている悪質な感染症ですが、どこから来ているのか分かっていません。ハマダラカという蚊が媒介するのですが、その元となる宿主は、鳥類あるいはチンパンジーなどの類人猿が有力とされています。いずれにしても、生態系の奥深い世界に紛れ込んでいるのです。

 

 重要なのは、生態系をいたずらに刺激してはならないということです。生態系は微妙なバランスによって保たれています。学校の理科で「食物連鎖」を習ったと思います。食べる者も実は食べられる者でもあり、相互の活動により、それぞれの種の個体数が保たれています。だから、ウイルスなどが伝播しやすい宿主の中を動いていても、宿主ごとに、その増殖が抑制されているのです。このため、生物学的多様性があった方が、生物全体でみると伝播能力の平均値が低くなるのです。こうした均衡の中で、ヒトという種だけが飛び抜けて何十億にも増殖し、さらには環境負荷もかけています。ヒトは生態系にとっての「パンデミック」なのです。 

 そして、感染症は、ヒトも動物種の一つであり、しょせん生態系に組み込まれている存在に過ぎないことを思い起こさせてくれます。感染症には「臨界集団サイズ」という概念があります。これは、感染が継続していくための最低限の人口です。ちなみに、麻疹のサイズは50万人前後、百日咳は20万人前後とされています。微生物からすれば、人類という「エサ」は入れ喰い状態に見えることでしょう。

 

 環境負荷にも様々なレベルがあります。東南アジア島嶼部では、ヤマアラシの胃石が薬として重宝されています。0.2グラムで1万5000円と高価です。新型コロナウイルスの宿主の候補、センザンコウもウロコが薬として使用されました。新型コロナウイルスはイヌ、ネコのほかミンクに感染が認められています。デンマークやオランダでは毛皮用に飼育されていたミンクがヒトから感染し、そこからまたヒトに感染したことも分かっています(宮坂昌之『新型コロナワクチン 本当の「真実」』講談社現代新書)。

 さらに、僕たちは、自身が移動するだけでなく、家畜等の動物を高速・長距離移動させます。二酸化炭素を排出して地球の気候を変え、蚊やダニが生息する緯度を変化させている可能性があります。これらは「知らず知らず」行っているのかもしれませんが、もう目をつぶることは許されません

 「マルチスピーシーズ人類学」という考え方があります。環境問題を念頭に置きながら、人類と多種共同体との結びつきに焦点を当てて考えることです(奥野克巳ら「マンガ版マルチスピーシーズ人類学」以文社)。同じ生態系に生きるものとして、もっと自然を、もっと生態系の同胞たちを「見る」のです。そうすることで、日頃の活動が及ぼしている環境負荷に思いを致すことができ、生態系を守るための、ちょっとした行動につながるのです。