ガチガチの雇用市場をときほぐす「やわらかい労働市場」!

2022年10月31日(月)

 レーブだ。

 

 新型コロナウイルス感染症がじわりと増えてきた。いい加減に経済を再回転させなくてはならない。祈るような気持ちだ。ところで、多くの人は気づいていないだろうが、新型コロナは、日本の労働市場が抱える弱点の本質に迫った。それは、正規雇用で働く人たちが、いかに制度的に守られていないか、ということだ。

 これから物価上昇がボディブローのように効いてくる。生活保障が十分でないと社会不安は増す。消費活動は縮んだままだ。とてもじゃないが経済成長など望めない。一刻も早く、「やわらかい労働市場」を構築しなくてはならない

 

 

 感染リスクは、サービス業を直撃した。そこで働く女性は多い。家庭に持ち帰って子どもに感染させたくない、高齢だと重症化リスクが心配だ、職場はちゃんと感染症対策をしてくれるのだろうか。そして、女性労働者の半数は非正規雇用だ。コロナ禍での人員整理は、非正規雇用労働者から実施された。まるで「失業予備軍」の扱いだ。

 

 国による金銭的支援はあった。一つはリーマンショック時に創設された雇用調整助成金。略称「こちょうきん」だ。使用者が休業や時短で労働者に休業手当を支払った場合、休業手当や賃金の一部が助成されるしくみだ。コロナ禍では雇用保険の被保険者以外にも対象者が広げられるなど特例が適用された。おかげで、令和2年度の給付は約3兆円にものぼり、その後も続いた。潤沢だった雇用保険財政があっという間に蒸発した。その他にも、従業員自らが申請できる「休業給付金」、自営業者やフリーランス向けの「持続化給付金」が支給された。

 これらの制度もコロナが終われば元に戻る一時的なものに過ぎない。生活への不安が消えることはない。財政不足の問題もより大きくなった。

(和田肇「コロナ禍に立ち向かう働き方と法」日本評論社

 

 ここは逆転の発想が必要だ。経済成長が鈍くなると職場の選択肢も狭まり、雇用市場の流きは悪くなる。企業は人件費の抑制を行う。その結果、非正規雇用が増えていく。これでうまくいかないことは日本の現状が証明している。

 そこで提案だ。雇用市場をデマンド・プル型に変え、積極的に非正規雇用労働者を吸収しよう。そして、こうした雇用市場を「やわらかい労働市場」と呼ぶこととしよう。

 ここで目指そうとしている「やわらかい労働市場」とは、世の中のニーズに応じて人材を積極的に活用する雇用市場だ。先行きが見通せなくなった時こそ思い切ったビジネスモデルの転換が必要となる。攻めのリストラだってあろう。その代わりに新しいビジネスモデルに適した専門人材を登用することにより生産性を高めることができる。このような「回転ドア」形式の人事戦略を推奨するのだ。そのためには、市場に何らかの「保証」が必要だ。それを国が担うのだ

 

 参考となるのはスウェーデンの取組だ。スウェーデンでは業績不振の企業は救済しないという基本方針の下、労働者1人ひとりにジョブマッチングや雇用助成を行っている。同時に、保育や介護といった家庭内労働の外部化を進めて雇用機会を増やしている。つまり、手厚い社会政策によって雇用市場の流動性を高め、労働生産性の向上を図っているのだ。これで経済成長を促すことが期待できる。

 非正規雇用労働者の吸収についてはドイツの取組が参考になる。ドイツもかなりのペースで非正規雇用労働者を増やしたが、差別的扱いをしないよう権利保護を行っている。失業保険が適用されない求職者にも生活費が支給される。

(山田久「失業なき雇用流動化」慶應義塾大学出版会)

 

 これらの取組を国が行うのだ。国が「やわらかい労働市場」の「保証人」になるのだ。しかし、うまうやろうとすると、もうひとひねりが必要だ。それが「中二階」という知恵だ。国が前面に出ると、失敗しないようにと制度をこねくり回す。これは逆効果だ。市場の良さを消してしまいかねない。このため、「中二階の原理」を活用する

 「中二階」というものは、基本原理である「二階」を現場に貫徹させようとして生まれる「ねじれ感覚」を中和するものだ。分かりやすい例は天皇制だ。江戸幕府などの事実上の統治システムに正当性を与える権威として別に設けられることによって世の中の安定が保たれる。この絶妙さが、欧米の革命とは比較にならないほど流血の少ない明治維新を可能にした。(伊丹敬之「中二階の原理」日本経済新聞出版)

 

 国は、同一労働同一賃金による雇用市場の流動化にこだわっている。ジョブ型雇用を広げようとして、企業に対し勤務地や職務の明示を求める方針だ。しかし、「二階」の原理一辺倒では現場を動かすことはできない。官民共同出資で作る団体に「中二階」の役割を担わせ、あくまでも市場の中で、一人ひとりに合わせたジョブマッチングを行うのだ。個人の「安心感」に思いを寄せる政策こそが国を豊かにする。