「貿易の品位」~日本に問われる国内戦略

2021年8月9日(月)

 トランだ。

 

 新型コロナウイルス感染症の勢いが止まらないな。日本の感染者数がついに累計100万人を突破した。

 かたや、ワクチン接種が進んでいるアメリカでは、6月の貿易赤字額が約757億ドル(約8兆3000億円)と単月で過去最大を記録した。個人消費が回復したおかげで輸入が増えたようだな。これをうらやましいと思うだろうか。ちょっと待ってくれ。なぜなら、貿易は「黒」「赤」で語れるものじゃないからだ

 

 ここで、貿易の基本についておさらいをしようぜ。貿易は、世界各地で品物の産出量にばらつきがあることで成立する。需要と供給による価格差が利益を生み出すからだ。

 だが、貿易が自由すぎると国内産業に跳ねてくる。ドイツの経済学者フリードリヒ・リストは、二国間の自由競争がお互いの利益になるのは、両国の産業がほぼ同レベルの場合だと唱えた。完全な自由貿易で生き残れる国なんてほんのわずかだぜ。だから「守り」が必要となる。それが、関税や量的規制による「保護貿易」だ。(長沼伸一郎「現代経済学の直観的方法」講談社

 

 ややこしいことに、今の世界は細分化され、ネットワークでつながっている。このため、品物の動きや国の関与が見えにくくなっているが、実際は、政府が企業を陰に陽に支援している。輸出先の関税は下げてほしい、しかし、フェアにいこうというのなら自国への輸入関税も下げなければならない。自動車を輸出したければ農産品を輸入しなきゃならないって寸法だ。結局、割を食うのは国民だ。こうして国内で「収奪」が行われる。

 そして、「収奪」の根っこにある問題は、国内で進行する不平等の拡大だ。ここでいう「不平等」は、一定の経済成長を経て労働者の権利や最低限の賃金が保障されている状態において生じる貧富の差のことだ。労働者は教育が行き届いていて能力も高い。その分、コストがかかる。そうすると、企業は国内での製造を嫌がって海外に乗り出す。国民の収入は低いままだし、雇用も制限されるんだぜ。

 「収奪」はある程度の繁栄を達成する。だが、繁栄を手にするのは一部の富裕層だけだ。そうするよう富裕層が政治に働きかけるからだ。しかし、こんなやり方がいつまでも経済成長を生み出すことにはならないぜ。(ダロン・アセモグルら「国家はなぜ衰退するのか」早川書房

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 この究極の姿が、今の中国だ。中国の基本戦略は、輸出を盛んにしつつ、国内のインフラを整備することで雇用を確保し、巨額の資本を投入することだ。一方で、都市部への人口流入を調整して賃金上昇を抑えている。こうして、大量に消費してくれるはずの労働者から、大して消費もせずに投資に熱心な富裕層に「購買力」が移転する

 アメリカも国内の不平等が拡大しているという点では共通しているが、特殊なのはドルの存在だ。諸外国は準備資産としてドルを持とうとする。米国債を購入しつつ、ドルを稼ぐためせっせと製品を作ってアメリカに輸出する。こうして、世界的なカネ余りと供給過剰がもたらされることになる。こんな調子だから、アメリカの経常赤字は長い間解消されず、国内製造業も下火になっている。(マシュー・C・クレインら「貿易戦争は階級闘争である」みすず書房

 ここに登場したのがトランプ前大統領だ。彼は、強いアメリカを取り戻そうとした。中国の輸出産業も米中貿易戦争で大打撃を受けたぜ。そこで、中国は、15か国の自由貿易協定であるRCEP(地域的な包括的経済連携)の署名式を行い、加えて、TPP(環太平洋経済パートナーシップ)への参加を宣言した。狙いは、年平均5.6%と経済成長の著しい東南アジア諸国をはじめとするアジア太平洋地域に、あり余る資本を投下することだ。こうした文脈で考えると、「一帯一路」構想も国内資本の行き先の一つに過ぎないという中国の実情が透けてくる。

(近藤大介「ファクトで読む米中新冷戦とアフター・コロナ」講談社現代新書)(助川成也「サクッとわかるビジネス教養 東南アジア」新星出版社)

 

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 じゃあ、日本はどうすべきか。世界に冠たるトヨタを例にとると同社は電気自動車の導入に反対している。ゲームチェンジされると困るからだ。そして、広大なすそ野産業に従事する大勢の労働者を盾にとっている。しかし、それを言うのであればもっと国内生産を推進すべきだ。そうすれば、海外資本の流れを吸収することにつながる。アメリカの初代財務長官ハミルトンが、製造業は国家の安全保障に貢献するだけでなくそれ以上の価値を有すると言ってたことを思い出そうぜ。

 併せて政府は、税制改正などで国内の「不平等」を縮小させるべきだ。そうすれば、みんなの目が改めて国内市場に向かうようになる。単に輸出が減ったからと騒いでるようじゃだめだ。貿易ってのは、より健全な国内の形を実現しながら進めていかないと、結局どんづまりになるんだぜ。