「共感(エンパシー)」に潜む「闇」。照らす方法はあるのか?

2021年9月13日(月)

 ソシエッタです。

 

 東京パラリンピックが終わりました。障害を持つ選手への「共感」を感じた大会でした。一例を挙げるとブライドマラソン、伴走者はペースを保って走りながら、ランナーに指示を出していました。心からすごいと感動しました。 

 「共感」にはいろいろありますが、「エンパシー」というのがあります。ライター・コラムニストのブレイディみかこ氏の近著『他者の靴を履く』(文藝春秋)で紹介されている、他者の感情や経験などを理解する能力です。いったん自分の靴(殻)を脱ぎ棄て、フラットな気持ちで他者の靴を履き、その着心地などを感じながら歩いてみることです。

 

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 新型コロナウイルス感染症の拡大は、人々の心に分断を生みました。差別的言動によって傷ついた方もいるでしょう。マスクを着用していない人に、「マスクしろよ!」と
攻撃する「マスク警察」も登場しました。こうした行為の背景に「エンパシー」の欠如があります。経済至上主義の社会では、数字による管理が行われるんだ、倫理や感情なんかで回ったりしていないんだと気づかされます。「エンパシー」は脇に追いやられます。そして、人は政権に従順になり、その決定に抗う人々こそが他者への思いやりのない邪悪な人に思え、攻撃の対象となるのです。

 毎日、新規感染者数の報道があり、夜の街で仲間たちとお酒を飲んでいる若者たちの映像が流されると、「こっちは我慢しているのに、何やってるの!」と怒りすら覚えるかもしれません。でも、忘れてはいけません。そうした人たちの中にも、「自分の命が一番大切」という気持ちが先に立って、マスクやトイレットペーパー、食材の買い占めに走った人もいたはずです。

 「エンパシー」と似た言葉に「利他主義」があります。これは、フランスのオーギュスト・コントが19世紀半ばに提唱したもので、経済学者のジャック・アタリ氏によると、他者に利することが、結果として自分に利する「合理主義」だそうです。(伊藤亜紗ら「『利他』とは何か」集英社新書

 マスクが無くなり、感染が広がることになれば、巡り巡って自分が困ることになりかねません。トイレットペーパーが無くなれば、他人はみなライバルという競争心が働いて、次の危機時にはよりパニック買いが進むことでしょう。感情に支配される社会は「安心」とは程遠いのです。

 

 加えて日本には、ムラ社会的な「空気を読め」という感覚があります。評論家の山本七平は、「空気による破滅」を予感していました。空気による支配が横行する社会におおいて、「科学的」という言葉が絶対化し、誤用・悪用されることを恐れたのです。(鈴木博毅「『超』入門 空気の研究」ダイヤモンド社

 新型コロナウイルス感染症の脅威に対し、ワクチン接種や治療法が導入されていない状況下ではソーシャル・ディスタンスなどの行動制限が有効とされました。そして、行動制限が効果を発揮すると、いつの間にか「絶対化」され、「当たり前」の状態を生み出します。「エンパシー」の居場所はとうにありません。そして、この依存状態が、ワクチン対策など根本対策の遅れにつながった可能性があります。

 

 「エンパシー」を取り戻さなくてはなりません。しかし、「エンパシー」には負の面がありますアメリカの心理学者ポール・ブルーム氏によると、感情的に他者に入り込むと状況判断が理性的にできなくなるらしいです。

 6月、友人の浮気相談を受けていた女性が、彼女の交際相手である男性と話し合ううちに口論となって彼を包丁で刺し、ベランダまで追い詰めたという事件が発生しました。やり過ぎと感じた方も多いでしょう。共感力が極めて高い人は、周囲の人々の感情や考えを察知する能力が高く、他者の痛みのために自分を犠牲にすることもあります。こうした人は、他者に目が行きがちになり、自分自身の健康管理ができなくなることもあります。また、遠くにいる人のことなど、その存在が意識されていない問題にはアプローチできません。環境破壊、感染症、先進国・途上国間の格差、人種や宗教をめぐる分断といった地球規模の問題には不向きなのです。

 さらに、人気取り主義の政治では「エンパシー」が最大限に利用されます。トランプ前大統領は、「エンパシー」を集めるのがうまく、その結果、社会の分断を炙り出してしまいました。

 

 こうした「エンパシー」の負の面も知った上で「寛容」の心を持つことが大切です。「寛容」ですから、「不寛容」に対しても不寛容になってはいけません。秩序を乱そうとする人は、実はシステム・エラーの犠牲になっている可能性があります。酒場で盛り上がる若者も内心では苦しんでいて、不安や不満をため込んでいるのではないでしょうか。彼らの声に耳を傾けるべきです。分断を埋めるには、誰もが悩みや苦しみを持っているはずだという「空気」を作ることが大切です。