薄氷のニッポン医療事情・・・「ナッジ」が解決します!

2022年10月10日(月)

 ハルです。

 

 いよいよ明日から、外国人観光客の受入れが拡大されます。個人で日本に旅行することが再び可能となります。ちょうど円安でもあり、インバウンドの復活に向け、はずみがつきそうです。

 塩野義製薬の飲み薬が治験で「効果あり」とされました。一般的な治療法として期待されています。7日には、新興・再興感染症に備えた改正法案が国会に提出されました。「ウィズコロナ」に向けた環境が整いつつあります。

 でも、過去に繰り返された「医療逼迫」を忘れてはいけません。なぜ、「医療逼迫」が起きるのでしょうか?ここに日本の医療の本質的な問題が潜んでいます

 

 

 私たちは風邪を引いたら治るまで大人しく寝ています。薬局で総合感冒薬を買って飲むこともあるでしょう。治りにくいようなら医療機関にかかります。原因を特定し、適切な治療法を選択します。では、新型コロナではどうだったでしょうか。

 新型コロナでは「検査」プロセスが入ります。早く原因菌を特定し、患者から他の人への感染拡大を防ぐ必要があるからです。感染症法に基づく正しい手順です。しかし、この度の爆発的な流行には対応し切れませんでした。

 のどが痛くなって熱が出ると、みんな「検査」によって新型コロナかどうか確認しようと医療機関に押し寄せます。このため、あっという間に外来がひっ迫します。症状が重い患者は入院となります。ベッドが埋まります。スタッフも足りません。救急車を呼んでも入院先が見つかりません。「医療逼迫」です。

 

 風邪のケースと新型コロナのケースの決定的な違いは何でしょう。

 それは、医療機関にかかるという「ハイスペックな行為」が、新型コロナでは、いとも簡単に行われたことです。患者たちの背中を押したのは、日本の医療の特色でもある「フリーアクセス」です。患者はいつでも医療機関を自由に選んでかかることができます。通常であれば大変ありがたい仕組みです。

 一方で、「フリーアクセス」の問題点は、患者の予測がつかないことです。どういう症状の患者が何人やってくるかが分からないため、無駄が生じます。患者側にとっては待ち時間が、医療機関にとっては余分なベッドやスタッフが必要となります。経営的にはできるだけ無駄を切り詰めることになります。

 加えて、医療にかかるコストに対し、自己負担は最大でも3割です。このため、受診時の経済的ハードルは低くなります。ちょっとでも不安を感じると医療機関にかかるという行動がとりやすくなっています医療機関への受診回数を見ると、日本は年間12.5回と韓国に次いで世界第2位の多さです。韓国の場合は漢方や鍼灸などの治療も含まれていることを考えると、事実上、日本が世界でトップです。(奥真也「医療貧国ニッポン」PHP新書

 こうした仕組みである以上、ぎりぎりの経営を行っている医療機関に、「検査」で不安を解消しようとたくさんの患者が押し寄せれば、「医療逼迫」を起こすのは至極当たり前なのです。

 

 根本的な解決方法は、かかりつけ医を制度化して「フリーアクセス」を制限することです医療機関は普段から患者のことを把握しています。状況を聞いて、受診が必要かどうか判断を行います。初診の場合は、「ちょっと来てもらえますか?」と診察し、状態を把握します。医療機関にとっても無駄が減りますし、患者の待ち時間も減ります。

しかし、こうした仕組みを創るには、国民や医療関係者の理解を得る必要があります。簡単なことではありません。

 

 ここで登場するのが「ナッジ」です。「ナッジ」とは、人々の選択の自由は確保した上で、予測可能な形でその選択を変える方法です。「ナッジ」には「肘で軽く押す」という意味があります。新型コロナの場合、政府の専門家会議が、「心配だからといって、すぐに医療機関を受診しないで下さい」と呼びかけ、行動変容を求めました。心にちょっとだけ刺さりやすいことを訴える行為なのです。(大竹文雄ら「医療現場の行動経済学東洋経済

 

 問題点は持続効果が弱いことです。もうひと工夫必要です。それは、「声がけ」ではなく、「形にして残す」という方法です

 具体的には、スマホを使った健康管理です。発熱などの症状が現れた人はアプリをダウンロードし、必要な情報を入力します。そして、アプリに搭載されたAIの指示に従います。指示が、「今、急いで受診する必要はありません」となっているのにも関わらず受診しようとした場合、自己負担額を増やすこととします。また、アプリを使わずに受診した場合も自己負担額を増やすこととします。医療コストを「見える化」することで、重症者を優先しているという姿勢を実感してもらうのです。

 実効性のある「ナッジ」を展開することによって、人々の当たり前のレベルが変わってきます。徐々に、日本医療の問題解決に近づけていくことが重要です。